叙景詩


 金木犀の香りが漂い始めている。
 秋が来ている。

 蝶の子供たちが、草むらを抜け出してアスファルトの上を急いでいる。踏まれて、轢かれて、色とりどりの亡骸を散らしながら、それでも彼らは新しい場所へと急ぐ。
 何故なら、もうすぐ冬が来るからだ。
 命を賭けても、蛹となる場所を探さなければならないからだ。
 早くしないと、冬が、来てしまうからなのだ。

 夏草の枯れかけた土手には、血のように赤い華が咲く。罪人のように、勝手に不吉な名前をつけられた赤い華。
 枯れかけた景色の中に、あくまでも赤く赤く。
 それだけが、ひたすら鮮やかに咲き続ける。記憶の中に深く、根付くように。

 その赤い華の先を流れる川は、青い。
 子供の歓声に濁っていた水は洗い流されて、青く、痛く澄み切っている。
 あの中に横たわれば、この身も痛いほどに澄み渡ることが出来るだろうか。
 ガラスのように鋭い流れに切られ、裂かれ、何も残さず奪い去られて――それならば、どれほどに幸せなことだろうか。

 夏に出会った人と、約束をした。
 もう二度と、会うことのない人と、永遠を誓った。
 残されたのは痛みだけ。
 ただこの身を切り裂く、終わりの来ない永遠の痛み。いつか洗い流されて、癒える日は来るのだろうか。
 あの人のことを、忘れる日は。

 やがて、金木犀の香りが濃くなって、秋が終わる。
 金色の花はただの塵となって道端に降り積もる。残り香が消えれば、風はさらに冷たくなる。
 その時。
 あの人は、何をしているだろうか。
 わたしはまだ、あの人を愛しているだろうか。




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