少年 僕は行かない。もし、本当に死んでいたとしても、だ。
さだこ どうして?
少年 あんたら…死ぬのに、理由なんかあると思うの?
カンパ あるよ。だからこうして、
少年 違う!
(今までと迫力が違う。みんな黙って、彼を見る。)
少年 あんたらが、物語やら銅像やらになってるのは、確かに死んだからだろうけれど、死んだだけでは物語やら銅像やらになるわけないじゃないか。あんたたちが、生きてる間に、いろんなことしたから、あんたたちは今有名になってるんだよ。そうじゃないの。
かおり 保くん…
少年 あんたたちが何かして、まあ、その結果は不幸にもみんな死んじゃったんだけど……それにさ。人に何かを伝えるって、誰かが死ななきゃ出来ないことかよ?誰かを犠牲にしなけりゃ、分からないことか?
(間。カンパネルラたち、お互いに顔を見合わせている。)
兄 人間、そこまで馬鹿なら救われないな。
少年 そこまで馬鹿なら、こんな連中は生まれてないだろうけどね。
兄 僕も、保くんの言う通りだと思う。それに、僕も交通事故で死んでいる。どうしても連れて行くというのなら、彼じゃなくて、僕を連れていけばどうだ。
かおり お兄ちゃん。
少年 僕は、生きて、みんなに伝えてやる。交通事故をなくそうって、この、生きた僕が伝えてやるよ!生きて生きて生き抜いて、一生を事故防止の運動に、捧げてやるよ!それでも僕を、殺すって言うのか!?
ジュリ 殺すなんて、そんな……
少年 あんたらの持ってるメッセージも、全部僕が叫んでやるよ。言わなきゃ分からない連中には、生きた人間がはっきり言ってやらなくちゃダメってもんだろうが!
さだこ どうする…?
(さだこたち女の子は困った様子。一人カンパネルラだけが、かっこつけつけポケットから保の写真を出して眺めている。おもむろに、それを破る。)
カンパ あっ、手が滑った。(と言いながら、びりびりに引き裂いて掌に載せ、ふっと吹いて捨てる。)
カンパ 俺たちの探しているのは、こいつだったっけ。(少年を指す。)
さだこ えっ?
カンパ …違うよな。
ジュリ カンパネルラ様?
カンパ 違うよな。俺たちの探しているのは、こいつじゃないよな。
さだこ そうよ。そうよ!
カンパ 誰だっけ?
(マッチ売りの少女、嬉しそうに少年に駆け寄って指差す。)
カンパ さだこ、誰だっけ?
マッチ この人ー!
(さだこ、マッチ売りの少女を殴ってジュリエットに押しつけると、少年の前を素通りしてかおりの兄を指差す。兄は指名にしたがって、ゆっくりと彼女に近付く。)
さだこ この人よ。
マッチ でもー、でもーっ。
ジュリ いいのよ、大人しくしていらして。
カンパ 間違いないな、さだこ。
さだこ ええ。
カンパ 全く、苦労をかけさせやがって。さあ、行くぞ。
(カンパネルラ、かおりの兄の手首を掴む。)
さだこ 行きましょう。
(さだこ、マッチ売りの少女を促す。少女は嫌がって、すねる。)
ジュリ マッチちゃん、あまりわがままいうものではありませんよ。帰ったら、おいしいお料理をご馳走してさしあげますから。
マッチ (すぐ機嫌が直る。)わーい、やったあ。
(マッチ売りの少女、さだこ、ジュリエットの順で退場。)
カンパ さあ、行こう。
かおり お兄ちゃん!
(かおりの兄とカンパネルラ、立ち止まる。カンパネルラ、壁にもたれて知らんふりをする。)
兄 ひどいことされるわけじゃないさ、大丈夫だよ。…もう、傍にはいてやれないけどな。
少年 お兄さん。
兄 かおりを頼むよ。是非、生き返って、浦安ディズニーランドへ、連れていってやってくれ。
少年 はい。どうも、すみません。
兄 謝ることはないさ。僕も、未練たらしくいつまでもかおりの傍にいたんだから。そろそろまともに死んでもいい頃さ。かおり、元気でな。
かおり うん。…ばいばい、お兄ちゃん。
(事故少年、頭を下げる。かおりの兄、振り返って手を振って退場。)
かおり カンパネルラさん。
(カンパネルラ、まだ知らんふりをしている。)
かおり ありがとう。
カンパ どういたしまして。それじゃあな、クーニャン。
(投げキッスをして去る。)
少年 (見送って)気障な奴。
かおり でも、いい人だったわ。
少年 ま、それは認めてやってもいいけど。
かおり それに、さっきの保くん、かっこよかったわ。
少年 それほどでもないよ。
かおり あたし、手術、受けるから。絶対によくなって、そうしたら、連れていってね、デート。
少年 うん。
かおり チャッピーにも、会わせてね。
少年 いいよ。さあて、僕もそれじゃあ火葬されないうちに、戻るか。409号室って言ってたな。
かおり 病室にいるんだから、まだ息はあるはずよ。
少年 それもそうだ。誰だろな、葬式の準備が進んでるって言った奴は。
かおり 助けてくれたのよ。
少年 また会えると面白いだろうな。
かおり そうね。
少年 それじゃ、僕帰る。早く治らないと、先に退院してやるからな。ちゃんとおぼえとけよ。
かおり 歩けるようになったら、会いに来て。
少年 約束する。それじゃ。
(少年、投げキッスをして去る。)
かおり もう、気障はどっちよ。…えへ
(暗転。看護師入ってくる。)
看護師 かおりちゃん、検温の時間よ。
かおり はーい。
(かおり、体温計をくわえる。ややあって)
かおり 看護師さん。あたし、手術、受けたい。
看護師 あたし手術受けたい、と。えー!本当?
かおり 本当よ、と。
看護師 先生、お母さん、かおりちゃんが!
母 どうしました、かおりがまた、何か?
看護師 かおりちゃんが、手術受けるって。
母 どういう風の吹き回し?
医者 全く今日という日は、409号室の、もう絶望と思われてた患者が意識を取り戻したんだよ。今日やるんなら、手術も成功間違いなしだなあ。今日中にやろうかな?ねえ、かおりちゃん。
かおり お願いします、先生。
医者 分かった、それならすぐにオペ室の予約をしよう!(出ていく。)
看護師 ああ見えてもあの先生、名医ですからね。
(医者、大慌てで出ていきざまに床に置いてあったヤカンをけっとばして大音響。)
看護師 先生、大丈夫ですかー!
(看護師も急いで出ていく。かおり、くすくすと笑いだす。)
母 しかし、一体どういう心境の変化なの?昼寝してたんじゃなかったの。
かおり いいことがあったの。あたし、絶対今日のことは忘れないわ。
(幕。)
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