午睡


(入れ違いに、客席にスポット。売り子の声)
 あれかな、保くんの言ってた変な連中っていうのは。
かおり そうみたいね。
(客席から、マッチ売りの少女登場。)
マッチ マッチいりませんかー。マッチ、よく燃える、きれいなマッチいりませんかー。マッチいりませんかー。
かおり あれ。マッチ売りの少女。
マッチ マッチいりませんか。放火に最適、よく燃えるマッチ。一本で十倍楽しめる、マッチ売りの少女印のビンボーマッチ、いかがですか。マッチいかがですか。
ある客 あのー、マッチください。
マッチ はーい!50円です!ありがとーございましたあ!マッチいりませんか。
(マッチ売りの少女、マッチを売りながら舞台に上がってくる。)
マッチ はーいこんにちは、マッチいりませんか。
 いりません。
マッチ マッチあると便利ですよ。病院逃げだしたいときには、これ一本で、シュバッ!(かおりと二人、でっかいアクションでマッチをする。)
 危ないからやめなさい!
マッチ この人怖い。
 怖くないよ。
かおり あなた、マッチ売りの少女ね。
マッチ よく知ってるぅ。
かおり ささきって人から伝言があるわよ。
マッチ え。
かおり その人がね、ものすごく、もーれつに、もうめっちゃくちゃに、ひっちゃかめっちゃかに、超ウルトラ最大級で怒ってた、早く帰ってこいって言ってたわ。
マッチ ささきって、美人だけど、すっごく怖いおねーちゃんよね。
 怖いって言ったら怖いかなあ。
マッチ 怖いよお。だって、ちょっとマッチが間違ったら、ものすごく、もーれつに、もうめっちゃくちゃに、ひっちゃかめっちゃかに、超ウルトラ・スーパー・スペシャル最大級で怒るんだもん。
さだこ(OFF) 嘘よーっ。
 嘘だろうな。
マッチ でも今回はいいの!だって、あたし、みんなの探してるもの、見つけちゃったんだ。
かおり 保くんを…(あわてて自分の口をふさぐ。)
マッチ うん!
(かおり、兄と顔を見合わせる。)
かおり 見つかると、彼、どうなるのかしら?
 よく分からないけど、まずいんじゃないかな。
(そこへ、事故少年が転がり込んでくる。)
少年 かおりちゃん、かくまって!またあいつらが来た!
かおり・兄 保くん!
マッチ お友達?
かおり そ、そうよ。
(マッチ、少年の方に向き直るとお辞儀をする。)
マッチ こんにちは、あたし、マッチ売りの少女です。あなたは?
少年 僕は、中尾、保っていうんだけど…
マッチ どこかで聞いたことある名前。
少年 ないないないない。
マッチ (少年の顔を覗き込んで)どこかで見たことある顔。
少年 ないないないない、絶対ない。
マッチ あーっ!!あなた、あなたっ!もしかしてっ!
(マッチ売りの少女、マッチをつけて少年の顔の真前まで持ってくる。)
少年 熱いっ、熱いったら!やめろばか!
(事故少年とマッチ売りの少女、舞台上で追いかけっこ。)
マッチ どうしてここにいるの?さっきはあっちで寝てたのに!
少年 あっちで寝てた?誰が?
マッチ あなたよあなた!包帯グルングルン巻きで血まみれの、汚いかっこで寝てたのよ!
少年 僕の体だ!
(少年立ち止まり、マッチを捕まえて尋ねる。)
少年 それはどこ!
マッチ いたぁい!409号室よ!離して。
少年 ごめん、でもありがとう!これで元の姿に戻れる。
(少年が去ろうとするのをマッチ売りの少女、むんずと捕まえる。)
マッチ ダメ!あたしがせっかく見つけたんだから。あれはあたしのものよ。あげないわ。
さだこ マッチちゃん!
(3人組登場。)
マッチ あ…(ちょっとおびえる。)
さだこ 偉いじゃない、ちゃんと捕まえたのね。
マッチ ううん、本当はあっちにあるの。
さだこ 偉い子偉い子。
(カンパネルラ、かっこつけながら少年を捕まえる。今度はちゃんと眼鏡をかけているので、間違えない。)
カンパ よくもうろちょろうろちょろと、逃げ回ってくれたな。さあ、観念しろ。もう逃げられないぞ。
ジュリ あたくしたち、本当に探しましたのよ。見つかってよかったですわ。
カンパ 間違いないな。中尾保だな。一緒にきてもらうぞ。
少年 やだよ。僕、行かない。
ジュリ 来てくださいませ。
少年 どうして行かなきゃならないんだ。
カンパ 死んだ者は、きちんと行くべきところへ行かなきゃならないんだよ。昇天するのが死人の務め、迎えにくるのがおれたちの務めだ。分かったか。
少年 おれ、まだ死んでねーよ。
さだこ 死んだのよ。車に轢かれて、死んだのよ。
少年 いつ、どこで死んだんだよ。何年何月何日何時何分何秒、一体どこで死んだよ?ええ?答えてみろい!
(さだことカンパ、互いの顔を見る。マッチは遊んでいる。さあ困った。)
ジュリ (静かに進み出て)今朝、7時14分53秒、地球は日本、埼玉県所沢市松郷の、渡部さんちから22メートルと71センチ4ミリ離れた横断歩道で、小学校からずっと同じクラスの小原信哉くんに呼び止められ、話しているうちに愛犬のチャッピーが逃げだして、それを追い掛け道路に飛び出し、白のカローラ、ナンバーは個人のプライバシーですから言えませんけれども、白のカローラにはねられて、9月15日生れ、乙女座AB型、父はそこらのサラリーマン、母は普通のおばさんで、弟一人に姉一人、じーちゃんばーちゃんは4人とも健在で、家は6年前に建てて今はローンの返済中、先程こちらのお嬢さんに交際を申し込んで、お兄さんには反対されましたがご本人から前向きな返事をもらって有頂天になっている中尾保くんは亡くなられました。これでよろしいでしょうか?
(みんなあっけに取られる。)
マッチ すごい!
カンパ よく覚えたな。
ジュリ 一番長い台詞ですから。(おほほ、と笑う。)
かおり ねえ、ちょっと。
(みんなが振り返ってかおりに注目する。)
かおり それはいいんだけど、みんな、今どこにいるか分かってるの?病室よ、病室。それも、あたしの!
カンパ それは失礼。すぐに、こいつを連れて、出ていきますから。
かおり 連れていっちゃ、ダメ。その人は、あたしの病室の、お客さんなんだから。
さだこ でも、うるさいでしょう。
かおり うるさくてもいい。保くんを、連れていっちゃダメ。
少年 かおりちゃん!
 そうだよな。理由も告げられずに無理矢理連れていくのは、誘拐って言うんだぜ。お前ら、本当に、彼が死んだから連れていくって言うのか?
カンパ そうだよな。
さだこ そうよ。
ジュリ そうでございます。
マッチ ちがうよーん。
カンパ・さだこ・ジュリ !!
少年 やっぱり、何か裏にあるんだな。
カンパ いや、何もない。ただ、迎えにきただけだ。
少年 行かないぞ。僕、絶対行かないからな。ちゃんと理由を説明してくれるまでは、絶対ここを動かない。
さだこ 来てもらわなくちゃ、困るのよ。
マッチ そう、後世の…(さだこ、マッチ売りの少女を殴る。)
 後世の?
さだこ 何でもない何でもない何でもない。
マッチ いたぁい。だあって、この人がいないと後世の人…(また殴る。)
カンパ 来いっ!
少年 行くかっ!
かおり 後世の人って何よ、後世の人って。
 それを聞くまで、絶対に彼は渡さないからな。
少年 お兄さま!
 ええい、兄貴呼ばわりするな!(殴る。)
カンパ 弱ったなあ…
(カンパネルラたち、舞台の片隅に集まって相談をはじめる。ひそひそ話していたのが次第に声が大きくなり、しまいにははっきり聞こえるようになる。話の内容は、なぜかプロ野球の話。)
カンパ だから巨人が(云々)
さだこ いいえ広島が(云々)
ジュリ あたくしはやっぱり西武だと(云々)
マッチ あたし中日が好きー!
少年 (こっそり近付いて)僕はオリックスのファンだ。
カンパたち うわああっ。
 何の話だ。
カンパ 仕方ない、話してやろう。
マッチ わーい。(はっきり言って無意味。)
カンパ その前に、まず、俺たちの自己紹介からしよう。(めいっぱいかっこつけて)俺の名前は、カンパネルラ。
少年 看板屋?
かおり 乾パン屋。
カンパ カンパネルラだ。
 カンパリ・ソーダ。
カンパ カンパネルラだ!
かおり 銀河鉄道の夜の。
カンパ そうだ。ジョバンニと2人で夜空を旅した、あのカンパネルラさ。
かおり 色白で、病弱そうで、ちょっと叩いたら壊れそうな、はかない面長の美少年のカンパネルラ?
カンパ そうさ。
少年 丸顔で、色黒で、ド近眼で、気障なあんたが?
カンパ 血まみれで、傷だらけで、軽薄なお前にそう言われる筋合いはない。
少年 その代わり、僕はハンサムだ。
 言い返す言葉もないな。
さだこ 全く。早くあたしたちの紹介もさせて。
カンパ 悪かったよ。
かおり それで、あなたは?
さだこ あたしはささきさだこ。原爆の子の像のモデルになっている、実在の人物。
ジュリ あたくしは、ジュリエット・キャピレットと申します。
 もしかして、ロミオとジュリエットの?
ジュリ その通りでございます。ご存じでしたの?身に余る光栄ですわ。
 いや、それほどでも…
マッチ あったしーはねー!!(絶叫。みんな思わずビビる。)マッチ売りの少女って言うの、こんにちは。今日は…今日はね、と、(手に持った篭からマッチ箱を掴み出す。)マッチ、みんなにあげちゃう!マッチ大サービスゥ!(まく。)
(さだこ、いそいでマッチ売りの少女の行動を押し止める。)
カンパ 分かったかい?俺たちが、誰なのか。
マッチ あたしたちはぁ、(1列に並んで。舞台中央から、カンパネルラ、さだこ、マッチ売りの少女、ジュリエットの順。)天国から派遣された、特別…特別の…何だったっけ?
カンパ 俺たちは、特殊死者助力要請並びに特殊使命遂行特別部隊だ!
(カンパネルラ、さだこ、マッチ売りの少女、時間差で敬礼をする。かっこいい。だが、ジュリエットは非常にゆっくり、優雅に会釈をはじめる。時間がかかる。緊張感を削ぐことはなはだしい。)
少年 その、特殊死者助力要請並びに特殊使命遂行特別部隊が、一介の高校生の僕に、何の用だ。
カンパ 俺たちは、理由あって死んだんだ。
かおり 理由?
さだこ カンパネルラは、人々に、真の幸福とは何かを考えてもらうために、死んだのよ。
カンパ 物語のなかで、ジョバンニを通し、俺の死は人々に深い感銘を与え続けてきたんだ。
少年 あの話、そんな話だったのか。
カンパ 分かれよ!全くお前は、飲み込みの悪い奴だな。
少年 中学校の教科書に出て来てたけどな。
カンパ 授業中に寝ていたんだろう。
少年 いや、宮沢賢治の紹介をしてただけだった。
さだこ つまらないことばかり言って、あんたたちよく似合ってるわ。どうでもいいけど、早くあたしたちの紹介もさせて。
マッチ あたしはねぇあたしはねぇ、子供達に、社会の仕組みを教えるのは社会科、ええと、何だったっけ。
さだこ 社会の歪みと、そこに生まれた悪を一刀両断、
マッチ (さだこの台詞をさえぎって)人々の冷たい心を浮き彫りに、それでも人を信じる健気な心を子供達にしっかりと植え付けたのよ。あってる?
カンパ あってる。
さだこ あたしは、分かるわね。
(かおり、事故少年、兄、3人揃ってうなずく。)
かおり それで、ジュリエットさんは?
(ジュリエットの付き人、そーっと出てきてジュリエットの後ろに待機。)
ジュリ あたくしですか?あたくしはもちろん、愛っ!!(付き人、この言葉と同時に金銀の入ったきらびやかな紙吹雪をまく。)のために死んだのでございますわ。
(付き人、目立たないように去る。)
少年 …それで、ロミオさんは?
ジュリ それが、あたくしはこちらのお仕事、あの方はあの方で別のお役目がございますの。せっかく一緒にいられると思いましたのに…世の中とは、厳しいものなのでございますね。(さめざめと泣く。)
カンパ ま、そういう風に、俺たちは、後世の人々に色々なことを伝えるために頑張ってるのさ。分かったかい、中尾保。
少年 それは分かった。けれど、どうしてそこで僕が問題になってくるの。
カンパ 飲み込みが悪い!
さだこ あたしたちは、あなたを迎えにきたのよ。あたしたちと一緒に、未来に貢献するために、あなたが必要なんじゃないの。
少年 僕は、単なる交通事故にあっただけじゃないか。あんたたちみたいに、たいそうな事はやってないよ。
さだこ いいえ、その交通事故がたいそうな事なのよ。あんたの死がきっかけで、世の中の人が立ち上がり、交通事故をなくそう全国キャンペーン!!が始まるっていう寸法なの。
ジュリ ですから、ぜひともあたくしたちと一緒においで頂いて、そのために働いて頂きたいのです。
マッチ 一緒に行こーっ!
少年 い、いやだ。それでもやっぱり、いやだよ。
カンパ どうしてだ、有名人になるチャンスだぞ。
少年 死んで有名人になんかなりたくない。大体僕は、まだ死んじゃいない。
さだこ まだそんなことを。
マッチ 死んだんだよーっ。一緒に行こーっ!
少年 いや、死んでない!
カンパ 死んだんだ!いい加減に認めたらどうだ?葬式の準備は着々と進んでるぞ。
少年 死んでない!
カンパ 死んだんだ!
少年 死んでない!
カンパ 死んだんだ!
(2人でもめながら舞台中央へ。この間に、特別部隊の3人の女の子はかおりの毛布を借りて事故少年の後ろからそっと近付き、にらみあっている少年の後ろからばさっとかぶせて捕まえる。)
マッチ わーい、捕まえた!
少年 卑怯だぞ!はなせ!
(みんなでぼこぼこに少年を殴る。かおりの兄が急いで割って入り、毛布と少年を取り返す。)
 何するんだ。かわいそうじゃないか。
カンパ こいつが来ないのが悪いんだ。
少年 誰が行くか!
(少年、どっかりとその場にあぐらをかいて座り込む。)

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