CALL OUT


第一章 その1 『襲来』

 「とまぁ、そういう事だから」
 モニターの中のコルト首将はにっこり微笑んで、そう告げた。
 「おい、ちょっと待て」
 テーブルを叩いてザーウィン・オガサワラ大佐は反論する。
 「その件は、しばらく保留にするって言ってたじゃないか」
 「ああ。した」
 にっこりと。
 異例の若さでアリストテレスの総責任者に抜擢された青年は、まったく邪気のカケラもない爽やかな笑顔を炸裂させた。あったかい光のように眩しく輝く金髪、透き通った空のような濃くて美しい青い瞳。こぼれる白い歯が無駄にマブシイ。
 「一体、いつ…」
 「3時間ほど保留してやった。たっぷりだ。十分だ。上等だ」
 きっぱりと言い切って、コルト首将はびしっ!と人差し指を突きつけた。
 「とにかくッ!俺は決めた!新しい上官をそっちへ送った!」
 「はぁ…」
 ザーウィンはこういう押しに弱い。口をへの字にして、威張り返っている首将を見つめる。そして、ふと、あることに気が付いた。
 「って、今お前、送ったって言ったか!?」
 「言ったよ」
 「じゃあ、アレか」
 「うん」
 汗を噴き出させるザーウィンとは裏腹に、コルト首将は楽しげに答えた。
 「今頃、そっちへ着いた頃だと思うよ」
 「…もう来てんのか」
 その時、画面がゆれた。

 どっかーん!!
 グラグラグラグラ……
 地震だ。地面が、建物がゆさゆさと揺れた。

 地震のショックで食器棚の扉が開いて、いくつか食器が床に落ちた。
 「いや〜ん」
 厨房にいたシィク・テイテ少尉は粉々に砕けた皿を見て悲鳴を上げた。
 「お、お気に入りだったのにィ〜!」
 ライムグリーンのケーキプレートも真っ二つ。とってもガッカリだ。
 でも、チョット待て。ここは…宇宙ステーションの内部にあるお家だゾ。
 「……地震?」
 そう、それはあり得ない。彼女は辺りを見回し、キッチン内に異常がないのを見てとると、すっくと立ち上がって部屋を出た。
 もちろん、掃除道具を取りに行くのである。

 「…地震だな」
 リビングのソファに長々と寝そべってゲームをしていたアクイラ・G・コリー大尉は、振り返りもせず言った。
 「ああ、地震だな」
 その背後で、髪の毛の手入れに余念がないミザール・ギル・シャウラ少佐はこれまた振り返りもせずに答えた。
 そのまま、しばらくの沈黙。
 「うわ、あったッ!」
 ややあって、ミザールが悲鳴を上げた。
 「まさか、この美しい僕の髪に、枝毛があるなんて…そんなバカなあ〜!」
 「でも探してたんだろう?」
 のんびりとした様子で部屋に入ってきたエディ=アルド・ウォランス中佐が言う。
 「い〜や、ないと思ってたね。絶対だね」
 「じゃあ、どうしてそんなに髪の毛ばっかり触ってるんだよ」
 「そりゃ、美しいからさ」
 ばっ、と大袈裟に両手を広げ、カッコつけまくりながらミザールは立ち上がった。窓の外から降り注ぐ人工太陽の光をまばゆいほどに浴びて、長くしなやかな金色の髪がキラキラと嫌味なほど輝く。
 「僕の美しさは完璧なんだよ!だから、枝毛なんて…あッッ!」
 次の瞬間、彼は後ろを振り返った。
 たった一本見つけた美しくない枝毛は、とっくの昔に彼の指先を離れていた。もう、どれが枝毛だったのかなんて分かりゃしない。
 「し、しまったあッ…え、枝毛が…どっか行ってしまった!」
 切らなきゃいけなかったのに〜、と絶叫する彼を置いて、エディはアクイラの方を振り返った。
 「で、今の、何だと思う?」
 「解析終わった」
 ゲームをしてただけかと思いきや、手元の小さなコンピューターは、一つの結果をはじき出していた。
 「外壁が破られたぞ。侵入者だな」
 この外壁というのは、そのものズバリ、宇宙ステーションの内部と外部を隔てる壁のことである。三重構造になっているが、さっきの振動と爆音は、そのうち二つまでがアッサリと破られた事を示していた。
 「たぶん、もうそろそろ来るなァ」
 実に面倒くさそうにもっさりと立ち上がり、咥え煙草で歩き出すアクイラ。エディもその後ろから、ぶらぶらとついて行く。二人はテラスに通じるガラス戸を開けて、青い空を見上げた。
 きれいな青色の中、白い雲が風に吹かれてゆっくりと動いていく。緩やかな下りの斜面には一面柔らかな牧草が生えて、実にのどかな光景である。が。
 ぱき。
 遠くの方で、何かが割れる音がした。
 ぱりぱりッ…ぱき、ぱきん。
 空にひびが入った。
 キラキラと星のように輝きながら、何かのカケラが落ちてくる。ひびはみるみる大きく広がって、やがて、一気に破れた。
 ずぼ。
 ぶっとい鉄柱が現れた。
 「うおぉ〜」
 アクイラが何だか嬉しそうな声を上げた。
 「いいなぁ、アレ!いっぺんやってみたかったんだよなぁ、ああいうの」
 「ああいうのって?」
 「障子に指突っ込むヤツ」
 純系の日本人であるザーウィンの私室には障子がある。いつもアクイラはそれに指を突っ込みたくてウズウズしているのだが、今だかつてそのチャンスは巡って来ていない。
 その彼の目の前で、見事、宇宙ステーションの壁に指……じゃなくて、鉄柱をぶち込んだヤツが現れたのである。
 ぐぐっ、ともう一息押し込まれてから、鉄柱の動きは止まった。
 「それにしても、今どき派手な来客だな」
 腕を組んでそれを見上げていたエディが言った。
 鉄柱の形からして、どうやら宇宙船の舳先らしい。強引に他の船にぶつけて内部に侵入するため、海賊――宇宙賊というのが正しいのだが、語感がヘンなので誰も使わない――がよく用いる船の形だ。セオリー通りだとすると、あの鉄柱の先っちょがぱかっと開いて、海賊が飛び出してくることになっている。
 でもまさか、軍事用の宇宙ステーションに突っ込んでくる海賊はいない。警戒警報だって鳴ってないし、古いタイプの船が単なる操縦ミスかなんかで突っ込んできたのだろう。
 「大丈夫かな」
 ちょっと心配顔のエディに、アクイラが答えた。
 「でも、別に救助信号とかも出てないぜ?」
 その時、舳先の鉄柱がぱかっ、と開いた。
 床との高低差は約50mといったところ。そこから、勢いよく二人の人影が飛び出した。
 「お…ッ?」
 見守る二人の目の前で、グライダーの翼を広げて侵入者は滑空を始めた。
 「おい、あれって」
 信じられないモノを見るような目で、アクイラは言った。
 「もしかして」
 それを遮るように、ザーウィンが飛び出してきた。
 「待て待て、アレは新しい上官だ」
 「へッ?」
 「アレが!?」
 ひらりと風に乗り、華麗な身のこなしで地面に降り立つ二人。
 一人は小麦色の肌に短い赤毛。もう一人はウェーブのかかった柔らかなハニーゴールドの髪。意思の強そうな緑の瞳が二人の共通点だ。
 だが。
 「…あれのどこが上官だ。もういっぺん、首将ンとこ行ってちゃんと確認して来いッ!!」
 アクイラの鉄拳ツッコミ。
 ふっとぶザーウィン。
 そう、降りてきた二人は、とても軍人とは思えない姿だった。
 赤毛の方はかなり露出の高い、ピッチリした合皮のツーピースを着て、抜群のスタイルを惜しげもなく披露してくれているし、金髪の方はこれまた逆にフリルとレースいっぱいの、夢見るお嬢様チックなドレスでにっこり微笑んでいる。
 二人の女の子。あからさまに、軍人ではない。
 「…一体何の騒ぎよ?」
 お皿の片付けを終えて出てきたシィクが、二人を見てきょとん、とする。
 「こりゃまた一体どちら様で?」
 「知らねーよ」
 「アクイラァ」
 ちょっと意地悪な目付き。肘で隣の青年をつつく。
 「ねえ、どっかでナンパしてきた子じゃないの?」
 「いや、これだけ可愛い子だったら覚えてる…って、何言わせんだよ!」
 その時。
 薔薇を背負ったミザールが、思いっきりカッコつけながら登場した。
 「お待たせしたね、ハニー」
 また始まってしまった。
 ワルツを踊るかのような優雅な足取りで、流れるような金の髪をひるがえし、たった0.2秒で女の子の側に立つと、彼は両手で二人の肩を抱いた。
 「分かってるよ、もちろん…僕に会いに来てくれたんだよね?」
 ミザールは最高の笑顔を浮かべた。

 「あ、いらっしゃいませ」
 首将と通信をしようとして家の中をうろちょろしていたザーウィンは、玄関にかしこまって立っている人物を発見して、あわてて頭を下げた。
 「あ、いえいえ、お構いなく」
 横切っていくザーウィンを見送り、彼はにこにこと立っている。しばらくして、落とした眼鏡を探しにザーウィンが戻ってきても、その人はまだそこにいた。
 「あれ?さっきお会いしましたっけ?」
 「ええ」
 眼鏡を拾ってかけ直し、まじまじと相手を見つめるザーウィンに、彼はにっこりと優しげな笑顔で答えた。
 「何だか、忙しそうですねぇ」
 「ええ、ちょっとね〜」
 ニッポンジンってやつの性なのか、忙しいのにザーウィンは立ち止まった。
 「見たこともないお客さんが来ちゃいまして、その対応にちょっと…」
 っておい、待てよ。
 ようやく、目の前にいる人も初めて会う事に気が付いたのか、彼はぽんと手を叩いた。
 「そうだ。そういえば、あなたは、一体?」
 「あ、申し遅れました」
 胸の高さで切り揃えられた艶やかな黒い髪、穏やかな空色の瞳。爽やかなブルーグレーのスーツをビシッ!と着こなした、聡明そうな青年は、軽く会釈をして名乗った。
 「私はベル・フェン・ホール・ユナイ。この前、中将になったばっかりの若輩者ですが、先日、コルト首将より、こちらのチームの指揮官を任命されまして」
 にこにこ、にこにこ。
 愛想笑いではない。彼の人柄か、笑顔はどんどんあふれ出てくるようである。
 それに従い、ザーウィンもにこにこする。こっちは、日本人によくありがちな、つられ笑いのようである。
 「そうだったんですか〜」
 あれ、でも。
 「確か、新しい上官は…」
 名前は確かに合っている。だが、コルト首将に聞いた決定的な特徴を、目の前の人物は全く見せていない。どっからどう見ても、ごく普通の好青年だ。
 「……だって聞いてたんですけど」
 「ああ、それ」
 ぱん、と手を鳴らして、ユナイ中将は答えた。
 「あんまり大したことじゃないかな〜、と思って、いつもの格好で来たんですけど。マズかったですかね?軍服の方が良かった?」
 「いいえ」
 ぶるんぶるんと大きく頭を振って、ザーウィンは否定した。
 「その事は、しばらく内緒にしときましょ。それより、今ちょっと、何だかよく分からない事態が起こってるんで」
 今度は本当に少しだけ笑って、彼は家の中へ中将を招き入れた。
 「どうぞ、こっちへ。あ、足元に気を付けて」
 言う前に、自分が足元の物体に引っかかって転ぶ。
 「にゃ〜」
 それは、玄関マットの上で丸くなって寝ていたニーナだった。

 「可愛いレディが、そんなことしちゃダメだよ」
 カッコつけてはいるが、すこぅしだけ、顔が引きつっている。
 それもそのはず。
 カワイイ女の子には、トゲがあったのだ。
 左右からがっちり腕を取られ、前後から銃とナイフを突きつけられて、ミザールは身動きがとれなくなってしまっていた。
 「あ〜…だから言わんこっちゃない」
 それを、オモシロ見世物でも見ているかのように、楽しげにアクイラが笑う。エディとシィクは腕組みしたまま、どうしたものかと様子をうかがっていた。
 「女と見りゃあスグ手ェ出すからそうなるんだよ」
 「でもね、アクイラ」
 捕まえられているのに、あくまでもカッコつけながらミザールは反論する。
 「女性には親切に。これが僕のモットーなんだから、しょうがないじゃないか」
 「そーいうのを、女たらしっていうの」
 「違うね。フェミニストって呼んでもらいたいね」
 いつもの事なのだが、この喧嘩が始まると長い。エディは草の上にどっかりと腰を下ろし、大きな欠伸をした。
 「…買い物にでも行って来ようかしら」
 シィクがつぶやく。
 「さっきの揺れで、お皿、だいぶ割れちゃったのよね…って、あ!」
 がばっ、とエディに飛びついて、激しく彼を揺すった。
 「あの子たち!あの子たちのせいよね、お皿割れたの!弁償してもらっても、バチは当たらないわよね!?」
 「た…たぶん…ね…」
 がくがくと左右に揺られながらエディが答える。
 「そうしようかしら…ホント」
 膠着した状況を目の前に、二人は溜息をついた。
 「ま…アレが解決するのが先だとは思うけどね」
 ミザールとアクイラの口喧嘩は果てしなく続く。…と思われた、その矢先。
 「いい加減にして、わたくし達の話もちゃんと聞いてくださいませ」
 金髪の女の子が、怒りもあらわに口を開いた。
 「ねえ、少佐…わたくし達と一緒に、来てはいただけませんの!?」
 「ねぇ、ミザール少佐」
 赤毛の女の子が、なだめすかすように言う。
 「あたし達には、あんたの協力が、ど〜っしても必要なんだ。来てくれよ、お願いだからさぁ」
 「う〜ん」
 たちまち笑顔になるミザール。押えているつもりがあるのかないのか、唇がなんとも言えず嬉しそうにゆるむ。
 「君たちの誘いはとっても嬉しいよ。でもね〜、僕にはシィクとニーナっていう可愛い彼女がいるんだ。一緒に行くのは、ちょっと…」
 「ちょっとミザール!誰があんたの彼女よ!!」
 今度はシィクが怒り出した。が、それはとりあえず無視して。
 「ほら、あっちはああ言ってますわ〜」
 目の前できらめくナイフと、肘に押し付けられる柔らかい感触。飴とムチを使い分けるかのように、二人の女の子はじわじわとミザールを追い詰めようとする。
 「いいじゃないか、あたし達と一緒に行こうぜ。お礼はタップリするからさ」
 「う〜ん」
 だが、ミザールは満面の笑みを見せたまま、首を左右に振った。
 「やっぱダメ。今度の日曜、デートするっていうんならいいけど」
 「どうして…」
 愕然と肩を落として、二人は顔を見合わせた。
 「女の子の言う事は、何でも聞いてくれるんじゃなかったの!?」
 「普通はね。で・も」
 にこっ、と笑う彼。
 その顔は、会心の一撃だった。どんな女の子でも、彼に見惚れない娘はいない。そう、だってミザールは、天下御免の美形なのだ。
 それは、二人とて例外ではなかった。
 ミザールの最大級の武器にやられて、二人の視線が止まる。
 次の瞬間、彼は両手を広げて彼女たちを自分の腕の中に抱きしめていた。
 「武器を使って人を脅すような、そんな悪いコはダメだよ」
 ナイフも銃も、とっくの昔に彼の足元に落っこちている。一瞬にして叩き落したのか、それとも彼女ら自身が取り落としたのかは定かではないが、とにかく二人は丸腰だった。
 「………はッッ!?」
 ややあって、突然夢から醒めたかのように、彼女たちは真顔に戻った。
 「し、しまった…!」
 思いっきり、見惚れてしまった。
 知ってはいた。だから、欲しかったのに…まさかこれほどカッコいいとは。
 冷や汗を浮かべながら、二人は悠然としているミザールを見上げた。
 「どう?分かってもらえた?」
 「お姉さま…」
 「…仕方がないわね」
 言うが早いか、赤毛の娘は胸元に下げた小さな笛を口にくわえた。
 ピィ――――――――……
 細くて高い音が、辺りに響き渡る。
 それが鳴り止むと、上空に突き刺さったままの船の舳先が、ぱかっと開いた。
 「おいおい…」
 アクイラがちからなくツッコミを入れた。
 ばらばらとグライダーを背負って飛び出してくる男たち。一目で分かる、そのいでたちは。
 「ホントに海賊だったのかよ…」


続く。

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