CALL OUT


第一章 その2 『海賊と上官』

 その一団は、「条寇」と名乗った。
 それはチキュウのニホン語、その上、古い古い、メチャクチャに恐ろしくふっる〜〜〜い言葉で「(枝葉のように)たくさんの海賊」という意味である。
 数は少なかったが。
 ミザールは、何となく人質に取られていた。
 「うおっほん」
 最後にやってきた、恰幅のいいヒゲのおっさんが、偉そうに咳払いをして、ミザールのそばにやって来た。
 「君がミザール・ギル・シャウラ少佐だね。その容貌、間違いはあるまい」
 「当り前じゃないか」
 相手が男のせいか、ミザールは眉一つ動かさずに答えた。
 「僕に何の用だ?」
 「娘たちが手荒な真似をして申し訳ない」
 おっさんはそう言って、ミザールの左右に立っていた女の子達を示した。さっきの二人である。
 「え?」
 「…むすめ?」
 少し離れた場所で様子を見ていたアクイラたちにも、おっさんの言葉はよく聞こえていた。
 「今、娘って言ったか?」
 「言ったな」
 「ああ、みなさん」
 おっさんは、あくまでもにこやかに、彼らの方にも見えるよう、体を斜めに向けた。
 それにしても、腹がでかい。大変よくでっぷりとしているその体型は、まさに典型的な中年太りのビール腹だ。よく陽に焼けた褐色の肌と、ちょっと頼りなげになりつつある黒いもじゃもじゃの髪、もみ上げから見事につながったあごヒゲは、これでもかと言わんばかりに海賊であることを主張していた。
 「紹介が遅れましたな。わしは、ギエナ・アイワン。この船の船長…つまり、条寇の頭だ」
 そして、手を伸ばして、まず赤毛のセクシー姉ちゃんを示した。
 「これはわしの長女、マルカ。そして」
 もう一方の、金髪お嬢様を示す。
 「次女のエレミア。わしの自慢の双子の娘だ」
 一瞬の、沈黙。
 「嘘だ――――!!!」
 ミザールが、アクイラが、シィクが同時に叫んだ。
 「こんな可愛い子が!」
 「なんでテメーみたいなおっさんの!」
 「しかも、双子〜!?」
 ありえねぇ。
 三人は、まったく何の遠慮もなく、まじまじと三人の父娘らを見比べた。
 スタイル抜群、健康的なセクシーさを振りまいているスポーティ美人のマルカ。
 上品な物腰でおっとりとした美しさのエレミア。
 …おっさん。
 やっぱり、ありえねぇ。
 口が開いて閉じなくなってしまった三人に代わり、エディが質問した。
 「それは分かりました。で、ここへ来たご用件は何だったんです?」
 「それなんです」
 ちゃんと話の出来る相手を見つけて、おっさん――もとい、ギエナはうなずいて答えた。
 「実はわしら、性質の悪い海賊に目をつけられてしまったんです」
 「性質の悪い…?」
 「逃げる途中で、ふと、みなさんの存在を思い出しまして、少し協力していただけないかと」
 「それで、ミザールを」
 エディは腕組みして、友人を見た。自称フェミニストの友人は、海賊の娘さん達を眺めているばっかりである。
 「何故、ミザールを?」
 「はあ…娘たちが、ファンでして」
 「…ああ」
 職業軍人であるから、基本的にアルバイトは禁止である。が、ミザールは、こっそりモデルのバイトをやったことがあるのだ。本人いわく、「可愛い女の子の頼みで断れなかった」らしいが、とにかくちょっとだけメディアに顔が出ている。
 エディは納得してうなずいた。
 「でも、あいつで助っ人になるんだかどうだか」
 真顔で答える。
 「十分です…たぶん」
 「その程度のものか」
 普段から細い目をさらに細めて、エディは考えるような顔つきを見せた。
 「それなら、ちょっとぐらい構わないかな〜」
 その隣で、同じように目を細めて、腕組みをしている人物。
 「うわ!?」
 驚いて飛び退くエディを気にとめる風もなく、ユナイ中将は平然とした顔つきで、天井に突き刺さったままの条寇の舳先を見上げた。
 「誰ですか?」
 「あ〜、遅くなって悪い」
 彼の後ろから、もっさりとザーウィンが現れた。
 「こちら、新しい上官。名前は…ええと」
 「ベル・フォン・ホール・ユナイです」
 にっこり。
 艶やかな黒髪に、見事な天使の輪が出来ている。
 「あ、どうも、初めまして」
 穏やかな物腰に、エディはつい頭を下げた。そして、ごくかすかに、そしてほんの一瞬だけ、「あ、しまった」という顔をした。
 そのエディの背中をぽん、と軽く叩いて、ザーウィンは上空を見上げた。
 「まあとりあえず、アレを何とかしようや。な?」

 子猫のようにヌクヌクと、まる〜くなってニーナは眠っていた。それを、そっと抱き上げて、運ぶ人がいる。
 「…?」
 でも、これは彼女の知らない人だ。ザーウィンでも、エディでもない。
 薄目をあけてそっと見上げると、柔らかそうな茶色の髪と目をした青年が微笑んで告げた。
 「ああ、ごめんなさい。起こしてしまいましたね」
 「………」
 だが、不思議と警戒心は首をもたげなかった。
 な〜んとなく、この人は大丈夫だと思う。
 普段なら、知らない人間には髪の毛一本触らせることなく、すごい勢いでどっかにすっ飛んでいってしまうニーナなのだが、今はそのアラームが全く働いていない。
 猫は猫好きの人間が分かるというが、丁度そんなもんだ。彼女は、また目を閉じた。
 「どこ行くの?」
 「庭…って言うんですかね、あっち側は。何か起こってるみたいですから」
 「分かった」
 そのまま、すうぅ、と小さく息を吐く。青年は、一瞬腕を強張らせた。
 一瞬にして思いっきり眠り込んだものだから、小さいとはいえその体重が一気に彼にかかったのだ。
 「信頼されてるんですかねぇ…?」
 よいしょ、と小柄な体を抱きなおし、彼は小走りで家の中を通り抜けた。

 四方八方を海賊に囲まれ、銃を突きつけられて、さすがのミザールも渋々、といった様子で両手を上げた。だが、あからさまに、思いっきり嫌そうな顔をしている。分かりやすいヤツとよく言われるタイプだ。
 「もう一度、お願いする」
 条寇の頭、ギエナ・アイワンは、あまりお願いするとはいえない態度で言った。
 「ミザール・ギル・シャウラ少佐を、しばらくの間お貸し願いたい」
 「お貸し願いたいって言われてもねぇ」
 ザーウィンは首を傾げて応える。
 「一応、そいつも人間だし。モノじゃないし」
 「本人の意思も尊重してもらえませんかね〜?」
 その隣で、これまたのんびりとした様子でユナイ中将が付け加える。
 緊張感、ゼロ。
 さすがにこれにはちょっとムカついたのか、海賊の眉間にぐぐっ、と縦皺が出来た。
 「あなた方の都合とか、本人の意思とか、そういうことはあまり聞いてない」
 そのまま、彼はさっと左手を上げた。それが合図だったのか、後ろにいた海賊たちは銃口をぴったりとミザールの体につけた。逃れようがなくなって、ますますミザールは憮然とした顔になる。
 「そういう事で、しばらくお借りすることにする」
 「でも」
 ユナイ中将が笑顔のまま、首を傾げた。
 「そんなんじゃ、彼は言う事なんか聞きませんよ…絶対に」
 「おい、てめぇ」
 その時、彼の腕をぐっと引っ張ってアクイラが言った。
 「何のんびりしてやがる?交渉なんか必要ねえ、そろそろ片付けていいか?」
 「…コリー大尉」
 やんわりと、制す。
 「君がやると、後片付けの方が大変になります」
   「む」
 それじゃあ…と言いかけたその時。
 突然、ぱたっと海賊の一人が倒れた。
 「!?」
 振り返ったギエナの目の前で、ぱたぱたと銃を持った海賊たちが崩れ落ちていく。そこには、いつの間にか、男の子――もとい、ニーナ大尉が立っていた。
 「ミザ〜ル♪」
 両手を広げる彼女に、ミザールは満面の笑みで応えた。
 「ニーナッ…」
 が。
 小柄な彼女はミザールの腕をすっとかいくぐり、その勢いを利用して彼の体を一回転させた。
 「はい、帰ろうね〜」
 あっけに取られる海賊を尻目に、その包囲網から二人は逃れ出る。
 形勢逆転。
 どこから取り出したのか、エディがランチャーを肩に乗せて、ギエナに照準を合わせていた。
 「返してもらいましたよ」
 ザーウィンがそう言って、にっと笑った。
 「それじゃ、もう遠慮はいらね〜な?」
 アクイラは楽しそうだ。シィクはもう全てに興味を失ったかのように、また溜息をついて腕組みをした。
 「もう終わり?それじゃ、あたし帰るわよ」
 「く…っ」
 明らかに、不利だ。それが分からないようでは、海賊なんてやってられない。
 ギエナは数歩退き、そして、命令した。
 「あきらめないが…今日のところは、一旦引き上げる!お前たち、戻るぞ!」
 倒れた仲間たちを抱えて、海賊たちは退却し始めた。
 舳先から垂らされたワイヤーにめいめい手をかけ足をかけると、するするとそれが引き上げられていく。
 「く〜っ…」
 最後まで残った二人の美女も、名残惜しそうにミザールを見つめていたが、やがて最後のワイヤーにつかまった。
 「待っていらしてね、少佐」
 「必ず迎えに来るわよ」
 「デートの誘いならOKだよ」
 相変わらず調子のいい言葉を返して、美青年は上空に消えていく二人に手を振った。
 「反省ないのな、お前」
 「それがミザールだからね」
 ま、何はともあれ、事件は終わった。
 「新しい上官も来たことだし、とりあえずお茶にでもしますかー」
 ザーウィンが言うと、全員がうなずいた。

 涼やかな香りのアイスティーに、ホイップクリームがたっぷり添えられたプレーンシフォンケーキ。もちろん、シィク嬢のお手製だ。
 「さ、た〜っぷり食べてね♪」
 並べられたカップは7つ。
 6人は、同じテーブルにユナイ中将を迎え入れていた。
 アクイラとミザールとザーウィンは、ケーキを何cmカットしてもらうかで早速一悶着を開始し、黙っていい子で待っていたエディとニーナは最初に切ってもらって最初の一口を幸せそうに頬張る。
 「中将はどれぐらい食べるの?」
 「あ、じゃあ、とりあえずこの位」
 彼は指でほどよい大きさを示した。
 「はいはい…っと。こんなもんかな。はい、どうぞ」
 「ありがとう、テイテ少尉」
 笑顔でケーキが受け渡される。
 実は、ここでのこんな光景は、初めてだった。
 コルト首将が今までに選任した上官たちは、まずこの家にすら入れてもらえず、追い返されるのが普通だった。無理に入ろうとすれば、エディの重火器に吹っ飛ばされたり、アクイラのブービートラップに引っかかったり、ニーナに引っ掻かれたりして、軽傷重傷その他色々を負わされてきたのだ。
 だが、ユナイ中将は、ごく普通に、彼らの日常に溶け込んでいた。
 ようやく三人の取り分が決まって、食卓が落ち着く。まるで今までもそうであったかのように、全員がケーキを食べる。
 「ところでよ」
 口のまわりにクリームをつけたまま、アクイラが言った。
 「なんでそいつは、そこにいるんだ?」
 今頃気付いたのかのように、彼はフォークで中将を指した。失礼丸出しである。
 「あ〜、お邪魔してます」
 それを、何事もなかったかのように返して、中将は再び食べ始めた。
 「食ったら帰れよ」
 「なんでよ?」
 何故か、反論の声はシィクから上がった。
 「いい人じゃない」
 「どこが?」
 「あたしのケーキ、美味しそうに食べてくれてるもん」
 「美味しいですよ、お世辞抜きで」
 ぽつり、と口を挟んで、彼は微笑んだ。
 「でも、私、やっぱり戻った方がいいですか?」
 その言葉に、一瞬ダイニングルームは静まり返った。
 ――今までの上官は。
 どいつもこいつも顔を合わせりゃまず敬礼、それをやらなきゃ軍規違反、そもそもこの家自体が気に入らなかったりして、とにかくお堅いヤツばかり。服装、態度、言葉づかい。ウルサイったらありゃしない。
 だが、ユナイ中将は、どっちかというと、彼ら6人のノリに近い。っていうか、ほぼ同じだ。
 「僕は」
 ザーウィンがぽつり、と言った。
 「ここら辺で手を打っとくのがいいと思うんだけど」
 「でも」
 エディが反論した。
 「やっぱり僕たちは、首将以外の命令は」
 聞けない。
 言外にそう言って、彼は中将を見た。
 そう。この6人、ワケアリなのだ。とても秘密くさいのだ。
 「分かってますよ」
 が、中将は、さらにニッコリ笑って答えた。
 「そりゃここに配属されるんだから、色々と聞いてます。僕の任務は、みんなの後片付け」
 思わぬ台詞に、全員が顔を見合わせた。
 「それは首将に言われたのか?」
 「いいえ。でも、ちょっと考えりゃすぐ分かりますよね?」
 「……そうですね」
 ザーウィンが笑った。それは、いつもの愛想笑いではなく、ちょっと眉を寄せた意地の悪い笑み。
 「そこまで言ってくれるんなら」
 エディがうなずく。
 「俺たちが集められた甲斐もあるってモンだな」
 煙草に火をつけ、アクイラがにーっと歯を見せた。
 仕事をしてないように見えるのは表向き。6人の任務は、別にある。
 それは、首将直属の懐刀として、軍を動かせない時でも自由に行動できる特殊部隊としての任務。
 だから、部隊の体裁を整えるために必要な上官は、飾り物でいいのだ。ただ、今まで来た将校たちの中で、それを理解している者は誰一人いなかった。
 「僕はいいと思うけど」
 グラスの氷をわざわざキザっぽくカラン、と鳴らしてミザールが言った。
 「そうでしょ、そうでしょ?」
 シィクはすっかりプッシュ気味だ。だが、その傍らで、ふと、ニーナがフォークをくわえたまま首を傾げた。
 「そういえばさ、何か足りないコトない?」
 「ん?」
 みんながテーブルの上を見回す。
 アイスティーの入ったガラスのボトル、おかわり用のたっぷりのクリーム、残りわずかになったシフォンケーキ。ケーキナイフも、ガムシロップもミルクも、人数分のフォークとスプーンも、ちゃんと全部揃っている。
 人数分…。
 何故か、八つ目の椅子が一つ、少し離れたところにぽつんと置いてあった。
 それをじーっと見て、ふと、彼らはあることに気が付いた。
 少将以上の階級にあたる上級将校には、必ず一人、准将クラスの補佐官がつくことになっている。それを見越して、この家の備品は最初から8人分に揃えてあったぐらいだ。
 ベル・ユナイは中将だ。お飾りならなおさら、見た目を整える補佐官は必要だろう。だが、それらしい人物が、いない。
 「つかぬ事をお伺いいたしますが」
 ザーウィンがやたら敬語を使いながら尋ねた。
 「中将の補佐官は、今どこに?」
 「あ……」
 その答えは、簡単だった。
 「忘れた」

 その頃。
 「この人…一体、誰?」
 「知らない……」
 条寇の中でも、騒動が起こりそうな気配だった。


続く。

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