CALL OUT


第一章 その3 『何だか大変な事に…』

 茶色い髪、茶色い瞳のおっとりとした青年は、海賊たちに混乱をもたらしていた。
 彼がいるのはブリッジの中。船長を始めとするメインメンバーしか入れない、大事な大事なメインコックピットだ。
 それなのに、一体いつの間に入り込んでしまったのか、誰も知らなかった。そもそも、何でこの船の中にいるかということ自体、謎である。
 「お前…」
 一番大きな船長の椅子に座ったまま、ギエナは目の前でにこにこしている青年にたずねた。
 「誰?」
 「初めまして」
 彼は、状況を理解してないのか、それともそういうことを気にしないタイプなのか、にっこりと笑って右手を差し伸べた。
 「僕は、アバンティ・コウと申します。連邦所属の黒牙兵…あ、いや、間違えた。今日からは、准将でした」
 あははは。
 のんびりとした笑い声が、静まり返った条寇のブリッジに響く。
 ――でも、誰も笑えない。
 ギエナは、彼の手を握り返しながら頭を抱えた。
 「わしは…ギエナ・アイワン。一応、この船の船長だ」
 「存じております。話は全部聞いていましたから」
 「は?」
 思わず、聞き返す。
 「全部、聞いてた?」
 「はい。僕、さっきみなさんがアリストテレスに降りてきた後から帰るとこまで、ずっと見てましたから」
 「ずっと見てたって…」
 いたっけ、こんなやつ。
 ギエナは疑問符を顔にくっつけて、周りの手下どもをぐるりと見回した。が、思った通り、誰もが首を横に振る。
 「お父様」
 彼の傍らに控えていたエレミアが口をはさんだ。
 「わたくし、どんなに頑張っても、あの場にこの方がいらしたような気がしませんのですけど」
 「あたしも賛成」
 反対側に立っていたマルカが言う。
 「ホントに連邦の人?」
 「ええ、証拠ならありますよ」
 アバンティはカッターシャツの襟をつまんでそこに着けている襟章を見せた。確かに、アリストテレスに所属する軍人にだけ着用が許される、Aの文字を図案化したピンバッジがキラめいていた。
 「ね?信じてもらえました?」
 「ああ、まあなぁ」
 単純なデザインに見えるが、特殊鋼を使用して作ってある襟章である。その質感を確かめて、ギエナはうなずいた。
 「だが、どうしてその、准将である君がこんなところにいるんだね?」
 「はぁ…だって、それは」
 彼は、ちょっと困ったように視線を外して目を伏せた。
 「ちょっとつまづいてしまって、あの場に倒れていたら、何故かあなたのところの海賊さんたちが、僕を引きずって連れて来ちゃったんです」
 「!!!」
 その瞬間、その場にいた海賊たち全員が、「しまった!」という顔をした。
 「ま…」
 海賊の一人が、言った。
 「ま?」
 「…間違えた」
 冷や汗たらり、である。
 「いや、その…倒れてたから…てっきりウチのメンツかと思って」
 「連れてきちゃったのか!?」
 「連れてくるようにって」
 「俺が指示を受けて、それから」
 「僕とこいつとで担いで」
 「医務室に連れてくほどじゃなかったから…」
 「ええ〜い、もういい!」
 代わる代わる口を開く手下たちを一喝して、ギエナはまた、頭を抱えた。
 「コウ准将といいましたな。ウチのバカどもが、非礼を働いて申し訳ない」
 「いえいえ、いいんですよ」
 あくまでもにっこりと、アバンティは答える。
 「それじゃ、そろそろ帰ってもいいですかね?」
 「いや…それは遠慮願おう」
 さすがに、海賊だけはある。
 「悪いが、船内の牢へ入っていてもらいたい。あなたは、ミザール少佐と交換する人質になってもらう」
 「あ…やっぱり?」
 次の瞬間、海賊たちの銃が、いっせいにコウ准将に向けられた。

 「はあ…」
 頭を抱えているのは、何も条寇の海賊たちだけではない。
 アリストテレスのみんなの家(通称)では、ザーウィン大佐も頭を抱えていた。
 「忘れた、って、一体どこにですか?ユナイ中将」
 「いや、その…玄関までは、一緒にいたの覚えてるんだけど」
 人の良い好青年は、困り果てて笑っていた。
 「知ってるよ、あの人でしょ?髪の茶色い」
 そこにニーナが口をはさむ。中将がうなずくと、彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
 「強いよねぇ、あの人!あたしと同じスピードで動ける人って初めて見たよ」
 「えッ!?」
 アクイラとエディが、ぎょっとした顔をする。
 ニーナは、メイという辺境の惑星の生まれである。ここは野生動物の宝庫で、それを保護するためにほとんど開発されていない。彼女は手つかずの自然の中で育った、いわば野生児である。したがって、普段は寝てばっかりだが、いざ戦闘となるとその動きは抜群に速い。
 「マジかよ?」
 マーシャルアーツのプロフェッショナルであるアクイラが尋ねると、ニーナはうんとうなずいた。
 「じゃあ、もしかして、ミザールを助けた時って」
 「うん、その人と一緒だった」
 姿を隠して忍び寄り、残像しか見えないぐらい素早く動いて相手を叩きのめす。そんな芸当が出来る人間が、もう一人いたとは。
 「で、その後はどうしたの?」
 「……えッ?」
 きょとん。
 さらに尋ねられて、ニーナは目を丸くした。
 「……あ、あれ?」
 そっから先が、ころっと記憶にない。不安げに中将を見上げると、彼は、我が意を得たり、とでも言うかのように大きくうなずいた。
 「それが普通です」
 「普通?」
 聞き返すザーウィンをちょっと得意げに眺めて、中将は言った。
 「それじゃ大佐に聞きますけど、最初に私に会った時は、補佐官も一緒にいたはずなんですよ。見ましたか?」
 「玄関で挨拶した時か?あの時は…」
 ザーウィンの口が開いた。
 「あー…」
 言われてみれば、確かにもう一人いたような気もするが、全然見ていなかったような気がする。なんだか、補佐官がそこにいたかどうかも何だかあやふやだ。
 「私もよく忘れるんです、彼のこと…なんていうか、こう、存在感が薄いって言うか影がないって言うか」
 うん、うん。
 ユナイ中将は自分で納得するように何度もうなずいた。
 「…それで、どうするのよ?」
 少し心配そうにシィクが尋ねる。
 「ああ、大丈夫。そのうち、ひょっこり帰ってくるでしょう。もしかしたら、もうその辺に」
 「えッ!」
 全員が、一斉に彼が指差した方を見た。部屋の片隅――誰も、いない。
 「…驚かすなよな」
 ふう、と溜息をついてアクイラが煙草をくわえた。
 「なんか、アンタがそう言うと、本当にその辺にヌボーッと立ってそうじゃねぇかよ」
 「あははは〜」
 能天気に中将は笑う。部下がいないというのに、もしかしなくても、一番緊張感がない。
 エディが頭を抱えた。
 「なあ、ザーウィン。本当にこんなので大丈夫か?この人」
 「少なくとも、今までの連中よりはな」
 「……認める」
 その時。
 ピーン、と甲高い音がした。
 「緊急通信。メンバーは、モニタールームへ集合」
 ダイニングの壁についていた赤ランプがかちっと光って、合成音声が急務を告げた。

 モニタールームの大画面に映し出されていたのは、何やら複雑そうな表情のギエナ・アイワンだった。
 「あ〜…忙しいところ、すまん」
 おっさんは、短い髪の毛をばりばりと掻きながら、まず謝った。
 「今、少しいいかな?」
 「めちゃくちゃ暇ってほどじゃないけど、少しぐらいなら付き合ってもいいですよ」
 ザーウィンが言うと、ギエナはほっとしたように胸をなでおろした。
 「それじゃ、単刀直入に言おう。この男…みなさんのとこのだろうか?」
 そう言われて、画面の中に連れてこられたのは。
 「あ〜〜!!」
 ザーウィンとニーナが声を上げた。
 ビンゴ、である。
 けして美男子でもなく、だからといってけして不細工な訳でもなく、中肉中背、よくある髪と目の色をした、実に月並みな顔立ちの青年がそこにいた。
 顔を見れば分かるのだが、顔を見なければ分からない。似顔絵を描けと言われたら、意外に特徴がなくて困るタイプの顔だ。
 「アバンティ」
 ユナイ中将が子供を叱る時のような口調で言った。な〜んとなく、お母さんっぽい。
 「私は、お前に何も命令してない。どうしてそんなところにいるの?」
 「いえ…その、いつの間にか、行き掛かりでこんな事に」
 よく見れば、コウ補佐官はきっちりワイヤーで縛られている。
 エディが頭を抱えた。
 「まさか、初対面で、自分の上官が海賊の人質になってるとは思わなかった」
 「僕も同感だね」
 ミザールが腕組みをしてうなずいた。
 「間抜けなことこの上ない!」
 「バカか、お前は!」
 びしっとモニターを指差したところを、後ろからはたかれる。アクイラが咥え煙草で面倒くさそうに言う。
 「お前を助けようとして捕まったんだろうが。そもそもお前が間抜けだから、あいつまで間抜けになるんだ」
 「う〜ん…」
 乱れた髪の毛を直しながらうなるミザール。
 その様子を見ながら、ギエナがおずおずと声をかけた。
 「それでだな、みなさん…こちらの話、聞いてもらえるかな?」
 「あっ、そうだった」
 ザーウィンがぽんと手を叩いて、モニターに向き直った。
 「それで、ご用件は?」
 「取引と行こうじゃないか」
 「断る」
 間髪入れず、ミザールが答えた。
 「おい、まだ何も…」
 「断る」
 あまりにもキッパリと、このパツキンロン毛男は言ってのけた。左斜め45度の角度でモニターに向い、美しく整えた爪で、きらめく前髪をふぁさっ、とかき上げた。
 「男を助けるなんて、僕の主義に反する」
 「うっ…」
 取り付く島がないとはこのことだ。
 青い瞳は、すでに交渉の終了を宣言していた。
 「そ、それでは…」
 脂ぎった額に脂汗を浮かべて、ギエナは低い声を出した。
 「少佐は、この男がどうなってもよい、と」
 「関係ないね」
 ふっ、とニヒルな笑みを浮かべて、ミザールが答える。
 すると、海賊の船長はにまら〜、と何だか変な、含みのある笑顔を見せた。
 「それじゃ、こういうのはどうかな?」
 パチン、と太い指を鳴らす。即座に、モニター画面の中に、マルカとアイワンが割り込んできた。
 二人の美女だけではない。他の手下と思しきうら若い女の子たちが数人、わらわらとやって来て、あろうことか、コウ補佐官にすり寄り始めたのだ。
 「あっ…あ〜っ!」
 囚われの補佐官が、なにやら情けない声を上げた。
 「やっ、やめてください〜」
 女の子たちは、ベタベタと彼に体をくっつけ、触りまくる。そう、それは、ハーレムの光景だった。
 「だっ…う、うわ!どこ触ってるんですか〜!!」
 どうなってるのかは全く見えないが、とにかく大変らしい。補佐官の耳が、みるみる赤くなっていく。
 「どうだ、ミザール少佐?うらやましいだろう」
 ギエナの笑顔は、勝利を確信していた。
 ミザールは、あくまでもポーカーフェイスを浮かべている――つもりだった。だが、明らかに眉はつり上がり、唇の端もピクピク震えている。
 「う…う、う、うらやましくなんか、ないやい」
 声が半分裏返っている。
 だが、彼らの目の前で、コウ補佐官はどんどん顔を赤くしていた。
 「ダメです…ぬ、脱がさないで下さいーッ」
 「うひゃ〜、やるねぇ」
 アクイラが口笛を吹いた。
 その時。
 バン、と誰かがテーブルを叩いた。
 ユナイ中将だった。
 伏せた顔を上げる。
 さっきまでの、穏やかな表情は、そこにはなかった。
 「条寇」
 ぼそり、と低い声で、彼は言った。
 「ブッ壊す」

 その時のユナイ中将は、「君子豹変す」という言葉の見事なお手本と化していた。
 体全体から、怒りに満ちた赤いオーラが発散されていたのが見えたほどだ。それに気がついて、コウ補佐官の顔が一瞬で真っ青になった。
 「ちゅ、中将…ッ、ち…違います、これは〜!」
 「やかましいぃッ!!」
 もう一度、テーブルが叩かれる。
 その凄まじい勢いに、壁に埋め込まれているモニターが、激しく揺れた。
 「うわっ!?」
 そんなわけないのにブレまくる画面に、ザーウィンは一度眼鏡を外して目をこすり、それからかけ直してまた画面を見た。
 揺れているのはこちらではなくて、向うだった。
 部下からの報告を受け取り、ギエナは深刻な顔で振り返る。
 「緊急事態だ。バファルの一味から襲撃を受けた」
 言っている間も、条寇のコクピットは何度も激しい衝撃に襲われ、遠くから爆音さえも響き始めた。
 「悪い…」
 ザザッ、と画面にノイズが走った。
 「かれ…ず…だから…で……」
 「おい、聞こえないぞ!」
 アクイラが叫ぶ。
 しかし、画面のブレはどんどん激しくなり、雑音もみるみる大きくなる。
 「くそ、通信妨害か!」
 ほどなく、何も伝えられなくなった画面は、ブツンと大きな音を立てて真っ黒に戻った。
 「そうだ、まだ外にいるはずなんじゃ!?」
 シィクが叫んで、モニタールームを飛び出す。だが、あわてて駆けつけた2階のバルコニーから見えたものは、次第に引っ込んでいく条寇の舳先だった。割れた空は、樹脂がしみ出して自動修復されていく。
 手も届くわけがないはるか上空で、銀色の舳先はどんどん短くなって、やがて、きゅぽん!と完全に引っこ抜けて見えなくなった。
 「やば…どこ行く気だ?」
 「第2隔壁からも離れていくよ」
 いつの間に、ミザールがモニターに外部のレーダー画像を表示させていた。三角形の印が、宇宙ステーションから次第に離れていくようすがミリ秒単位で描き出されている。そして、条寇を現す三角形の隣に密着している一回り大きな赤い三角印。
 「バファルって言ったな」
 エディが考え込むような仕草を見せた。
 「もしかして…いや、もしかしなくても、それはバファル・ロー・ナカザキのこと、だろうな」
 「げ」
 その言葉に勢いよく振り返ったので、ザーウィンの眼鏡がズレた。
 「それって」
 連邦でも高額の懸賞金をかけて追っている、最強にして最悪の海賊だ。
 二つの三角は、アリストテレスから離れると同時に、ゆっくりと重なり始める。ほどなく、条寇にはバファル配下の海賊たちが侵入するのだろう。動きが止まった。
 「やばい…放っといたら全滅だ、こいつら」
 「どうする?」
 6人は、お互いの顔を見合わせた。そして、一斉に、振り返る。
 「みんなを」
 彼は言った。
 「私怨でこき使ってもいいだろうか?」
 彼の怒りは、なんだかまだ醒めていない様子だった。
 「はは…私怨ですか」
 ザーウィンが笑った。
 「そういう人って、ホント初めてですね」
   「上等じゃねーか」
 アクイラが、ぱきぱきと指を鳴らした。
 「そっちの方が面白ぇ。要は、何しても、いいっつーコトだからな」
 「誘拐された上官を救出するという大義名分もある」
 エディがうなずく。
 「久しぶりだね〜、暴れるの」
 ニーナがうーんと伸びをする。シィクがその傍らで微笑む。
 「ま〜ね〜。いっちょ、やっちゃう?」
 「もちろん」
 うんとカッコつけて、ミザールが立ち上がった。
 「あんなカワイイ女の子たちが凶悪な海賊の手にかかるなんて、許せないッ!」
 「一人だけ、目的が違うような気がするけれど、まあいいでしょう」
 ザーウィンが言うと、全員がうなずいた。
 「それでは、ユナイ中将。我々に、命令を」
 「ああ」
 ユナイ中将は、おだやかな顔をきりりと引き締め、よく通る澄んだ声で言った。
 「海賊条寇ならびにバファルの一味を撃破し、コウ准将を奪回せよ。手段は――問わん!」
 「了解!!」
 びしいぃっ!!
 ミリ秒ほどのズレもない、6人の敬礼。
 そして、彼らは部屋を飛び出していった。



続く。

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