CALL OUT


第二章 その1 『宇宙法遵守の事…一応。』

 当り前の話だが、宇宙は広い。
 で、これまた当然の話だが、アルテミス宇宙連邦を始め、この宇宙にはいくつもの国家やそれに準じる組織団体が存在する。
 その中身はさまざまで、人種も文化も多種多様であるが、本当に基本的な約束事がいくつか取り決められている。通称「宇宙法」と呼ばれている条約である。
 正式名称はやたら長いので割愛するが、その中でも特に大切なのが、戦争のルールである。
 『宇宙空間で戦闘兵器を使用しないこと』というのが主な条項である。どういう意味かというと、実弾・ビーム・エネルギー等その形態は問わないが、とにかく「撃っちゃダメ」ってことなのである。
 目標に当たった時はいいけど、外れた時、ソレは一体どこへ行くのか。基本的に撃ったものは止まらない。
 一度、大きな戦争があって、外れたビームが全く関係ない小惑星にブチ当たり、全く関係ない人たち約2億人が犠牲になってから、そういう条約が取り交わされるようになった。ポイ捨てしたゴミを拾うのとはワケが違うのである。
 だが、バファルの海賊団は、この条約を全く無視していた。
 「ったく」
 宇宙ステーション・アリストテレスから小型艇に乗って出た6人は、密着した2隻の海賊船を見ながら悪態をついていた。
 大きな方の海賊船にはいくつもの砲門が取り付けられている。何が出るのかは知らないが、あまりお近づきにはなりたくないカンジだった。
 「物騒だな、ホント」
 「ま、中に入ればこっちのモンでしょ」
 この小型艇はそういう時のための潜入用である。操縦桿を握るミザールが、自信に満ちた笑みを見せた。
 「ちょっと飛ばすよ?」
 その途端、みなが一斉に嫌な顔をする。
 「ちょっとか」
 「コレぐらいだよ」
 笑顔のミザールは、右手の親指と人差し指の間をほんの2センチほど空けてみせる。
 「嘘ついたらブッ飛ばすぞ」
 アクイラが今にも噛みつきそうな顔で吠えた。
 「てめぇのちょっとはアテにならん」
 「大丈夫大丈夫」
 にこにこと、彼はモニターの方に向き直った。
 「それじゃ、行くから」
 ぐい、と無造作な手つきでスロットルレバーが倒される。
 次の瞬間、船は爆発的なスピードで加速した。

 近付いてくる侵入者を認めて、海賊船の砲台が一斉に向きを変えた。警告もないまま、それらが突然火を吹く。
 「ミザール!」
 その様子をモニターで見ていたユナイ中将は、思わず拳を握りしめた。一斉射撃である。実弾やエネルギー弾が雨のようにばらまかれ、辺りが爆発光で満ちた。
 が、それらを時には悠々と、時には紙一重のギリギリでかわして、船はぎゅんぎゅんと加速していく。シューティングゲームさながらだ。
 「うえっぷ」
 見てたら酔った。

 「はい、到着〜」
 ご機嫌なのはミザール一人だった。
 条寇の船腹に穴をブチ開けて内部に入った一行だったが、現在のところ、まともに立っているのは操縦士であるミザールだけ。他のメンツは、座席に座ったまま立とうとはしない。
 あまりにもアクロバチックかつスリルとサスペンスにあふれた航行に、立った途端に目が回ってこけるのは明らかだ。ザーウィンなんか、ガクガク震える膝を押えるのが大変なほどだった。
 「…だから、突入用の小型艇に重力制御装置なんか付けなくていいって言ったじゃないか」
 その隣で、ぐったりとうなだれたままエディが言う。
 ミザールの動体視力のよさは並ではない。普通の人なら避けられないものを見切って避けることが出来る。パイロットにはうってつけの能力だが、楽しんでギリギリで避けるクセがあるので、一緒に同乗している人間はたまったもんではない。
 「ジェットコースターみたいにグルグルして面白いかと思ったんだよ」
 「多少だったらな…さて」
 ぱん、と膝を叩いてエディは立ち上がった。死んだ猫みたいにふにゃ〜と伸びているニーナをひょいと抱えて肩に乗せ、続いて同じくへたり込んでいるシィクに手を貸して立ち上がらせる。2メートルを超す巨体を窮屈そうにかがめて、彼はハッチを開いた。
 「ほらほら。そこも、ぼけっとしてないで、さっさと行く」
 「……く……っそ〜」
 アクイラが頭を抱えて立ち上がった。乗り物酔いなどはしない性質だが、シートベルトをしてなかったので、しこたま頭を打ったのである。
 「あとでブッ殺す。絶対、コロス」
 「はいはい」
 なだめるように背中を押して、エディはどんどんみんなを外に出した。その様子を見て、ザーウィンがぽつりと言った。
 「保父さんみた〜い」
 「やかましい!さっさと行け!」

 見た目どおり、ややレトロな作りの小型海賊船の中には、まるで人の気配がなかった。すでに、バファルの船の方へ連れて行かれてしまったのだろう。彼らは取り急ぎ、二つの船が連結されている箇所を探した。
 「あそこか」
 ザーウィンが廊下の角をのぞいてつぶやく。
 重装備の海賊が二人、明らかにソレと分かる通路の左右を固めていた。そこから、十数人単位の海賊たちがぞろぞろとこっちへ向ってやってくる。おそらく、命知らずの侵入者を探しに来たというところだろう。
 「ったく、物騒なモン持ってやがるなァ」
 彼らの手元を見てアクイラが言った。海賊たちが持っている銃は、殺傷能力が高い――というか、相手を殺すための最新型の兵器だ。
 「これは本当にただの海賊か?どっかの国家がバックについてるとか」
 エディがぼそり、と問う。
 「ま、そんなとこだろうけどね」
 ミザールがさっぱり答えて笑った。
 「ここでごちゃごちゃ言ってても始まらないし。どうせ行くんでしょ?」
 こくり。
 全員がうなずく。
 「やりたい放題、やっていいことになってるんだよね」
 やたら嬉しそうに、ニーナが笑みを浮かべた。
 「特A級の賞金首でしょ。遠慮はいらないわよ」
 シィクはそう言い残し、くるりときびすを返した。
 「それじゃあたし、船に戻ってるから。怪我したら、無理せずに戻ってくるのよ」
 「留守番たのんます」
 ザーウィンが彼女の背中に向けてちゃっ、と片手を挙げた。それを合図に、他の四人が廊下に躍り出た。
 「おっしゃ、行くぜぇ!」
 その中でも特に、マシンガンを抱えたアクイラは、めちゃくちゃ嬉しそうだった。
 「いたぞ!」
 「侵入者だ!」
 海賊たちがすぐさま彼らに気付いて回りを取り囲む。
 「おい、武器を捨てて手を上げ…!?」
 「お断りィ〜♪」
 何の躊躇もなく、彼は力いっぱい引き金を引いた。
 とっさに残りのメンバーが床に伏せる。伏せなかった人はアウト。
 いくら強力な武器を持っていても、それを使うことが出来なければ無用の長物である。
 「下っ端はしょせん下っ端だな」
 ざっと見積もって20人はいた海賊をほぼ一瞬で片付けて、アクイラが高笑いをした。
 彼の戦闘能力は並ではない。まだ19歳という若さながら、子供の頃から特殊部隊で訓練を積んできた男である。その後ろで、出番のなかったニーナが唇をとがらせた。
 「アクイラはや〜い。あたしの分がな〜い」
 「心配しなくても、こっから先にはまだまだた〜んといますから」
 彼女の頭をなでながらザーウィンが笑った。
 「そうだね。こんなもんじゃ終わらないだろ」
 ミザールがハッチの先に続く、新しく長い廊下をのぞきこむ。バファルの船の中では侵入者を示すアラームが鳴り響き、靴音がバタバタと慌しく行き交っていた。
 「すぐ次が来るよ」
 「とりあえずふっ飛ばしとけ」
 ザーウィンの一言に、エディがうなずく。
 あの時と同じように、無造作にコートの内ポケットに手を突っ込んで、そこからロケットランチャーとおぼしき物体を事も無げに取り出した。口径は150ミリ、長さはおよそ2.5メートル。そんなデカいものをどこにどのように隠していたかはナイショだ。
 肩に乗せた砲身に、ミサイル弾を装填する。そして、一発。
 わぁ〜、と遠くで悲鳴が上がった。
 すさまじい爆音とともに、向こうの方がもうもうと立ち上る埃に包まれた。ガラガラと瓦礫の崩れる音がする。
 「突破口いっちょあがり」
 にんまりするザーウィンの傍らで、エディはライターでも片付けるかのようなお手軽さでランチャーを片付けた。
 「それじゃ、本格的に行くとしますか」
 混乱する船内に踏み込んで、彼らはそれぞれの方向に駆け出した。

 エディ=アルドはとても温厚な性格をしている。故に、普段はその能力の片鱗すら見せる事はない。
 めきっ。
 固く閉ざされた鋼鉄製のシャッターに指をかけ、ゆっくりと引っぱる。
 めき…めきめきめきっ。
 たわんだ金属がきしむ。だが、その重々しい音と、そこで展開されている光景とは妙なギャップがあった。
 エディは顔色一つ変えず、障子紙でも破るような手つきでシャッターを破っているのだ。効果音は、「ぱりぱり」程度が好ましい。
 ばき…ッ!
 破り取ったソレを両手でくるくると丸め、そのまま壁にぎゅっと押し付けると、セラミック合板の壁にひびが入って凹み、鼻かんだ後のちり紙みたいな鉄屑がその場に埋め込まれた。
 廊下の向こう側では、ありえない光景に海賊たちが立ちすくんでいた。
 「何だコイツッ…!?」
 「バケモンか!?」
 一歩、エディが前に出る。
 「う…撃て!撃てっ!」
 おびえの色もあらわに、彼らは一斉に銃を構えた。
 「おっと」
 まるで平然と、エディはそれを避けた。
 ぱりっと壁を剥いで、それを盾にして。
 雨のように降り注ぐ弾丸がすさまじい爆音を立て、煙がもうもうと立ち込める。が、それが収まっても、彼らの眼前には弾丸が埋め込まれただけの壁がしれっとした様子で突っ立っていた。
 「はい、どーぞ」
 エディが笑って盾を倒した。
 「うわああああっ!!」
 ばたーん!
 下敷きになる者、逃げ出す者。もう戦意なんてあったもんじゃない。
 尻尾巻いて一目散に逃げ始めた一人に目をつけて、エディは走り出した。

 「見えるか?」
 「ああ」
 ザーウィンはド近眼である。ミザールは視力抜群である。
 二人が同じように廊下の角から顔を出して覗いても、見えている景色は全く違う。
 「他の部屋は別にどうってことないみたいだけど、一番奥の部屋はサブブリッジみたいだね」
 ミザールは部屋の入口にかかっているプレートの文字を読み取って答えた。だが、そのプレートは30メートル先にあるほんの5センチ角のシロモノだ。しかも、廊下は非常灯のみで薄暗い。
 「人は?」
 「いるね。手前の部屋の中だ」
 「そうか…」
 ぱっと見、直線の廊下には誰もいない。だが、彼はサブブリッジの手前にある左右のドアを示した。
 「数人ずつ待機してるって感じかな。やっぱり警備なしってワケにはいかないんじゃない?」
 「でも、だからこそ、占拠し甲斐があるって感じかなー」
 ザーウィンは楽しそうに笑って腰のホルダーに手をかけた。
 そこにおさめてある銃は、旧式も旧式、クラシックというか、すでに骨董品の領域とも呼べる逸品だった。ワルサーP−38。
 もちろんレプリカだから昔のヤツそのまんま、って訳ではなく、それなりの改造を施してあるのだが、今どきそういうタイプの銃を使いたがる人間というのもあまりいない。
 だが、オールドガンのコレクターであるザーウィンは、他にもこんなのを山盛り持っていて、それらを使う機会を今か今かと待ち望んでいるのである。
 「援護、よろしく〜」
 「…はいはい」
 ご自慢の銃を抜き、廊下の真ん中にザーウィンが立つ。その肩越しに、ミザールが持っていた丸いモノをぽいっと投げた。
 すぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱん!!!
 特製クラッカーが、とてつもなくにぎやかに鳴った。
 「何事だッ!」
 「侵入者か!?」
 途端にサブブリッジ前のドアが開いて、どかどかと数人の男たちが飛び出してきた。
 「1時12分、1メートル45センチ」
 ザーウィンの後ろでミザールが囁く。
 「1時20分、11時45分、12時ジャスト」
 「はいよ」
 言われるまま、ザーウィンが狙いを定めて引き金を引くと、面白いようにばたばたと海賊たちは倒れた。
 「はい、終わり」
 7発の弾丸をきっちり使い終わったところでミザールが言った。
 「もうこの近くには誰もいないよ」
 「それじゃ、サブブリッジもらいに行くか」
 「それよりもさ」
 肩をすくめて、カッコつける。
 「眼鏡、また新しいヤツにした方がいいんじゃない?狙いがちょっと甘くなってる」
 「マジ!?」
 引きつるザーウィンの心臓にぴたりと人差し指をつけ、ミザールは言った。
 「僕が指定したのはココ。でも」
 ちょこっと。ほんの2センチほど指先をずらして、にや〜っと笑った。
 「一人、ココ撃ってる」
 それでも一発で即死に間違いはないのだが、ザーウィンはどよ〜んと肩を落とした。
 「でも、これ以上度を上げたら…ちょっと…見た目がよろしくないかと」
 「だ〜いじょぶだって。今さらあんまり変わんないから。それともアレ?」
 意地の悪い笑みでミザールが突っ込む。
 「もしかしてカノジョに嫌われるとか思ってるの?」
 「うっ…」
 たちまちザーウィンの耳が赤く染まった。図星だ。
 分かってて、ミザールは放ったらかすことに決定した。
 「それも大丈夫。だって、カノジョも僕のモノだからね」
 バッチーン☆とウィンク一発。そのまま彼は歩き出した。
 「ちょ…ちょっと待てミザール!」
 それを追ってザーウィンは駆け出し、カーペットのちょこっとめくれた所につまづいてスッ転んだ。眼鏡が吹っ飛んでどっかに飛んでいく。
 「それだけは待ってくれー!!」

 外の喧騒を尻目に、彼女は一人、静かな空間の中を進んで行く。
 空調のダクトの中をするすると通り抜け、あちこちの部屋の様子をのぞき見る。やがて、目的の場所にたどり着き、彼女は出口の金網をガキンと外した。
 「おっ待たせ〜♪」
 小柄な体がくるりと空中で一回転して、呆然とする人々の真ん中に降り立つ。
 「ア…アレン大尉!?」
 「一体、どうしてこんな所へ!」
 その部屋に捕らえられていたのは、条寇の女性クルーたちだった。
 悠然とした様子で埃をはらうニーナに、エレミアとマルカが駆け寄った。
 「助けに来たのかな?一応?」
 疑問形なのはともかくとして、彼女たちの間から安心の溜息がもれた。それもそのはず、バファルに捕らえられた女の子の行く末は、奴隷や娼婦として売っとばされると相場が決まっている。それならば、まだ連邦に逮捕された方がマシってものだ。
 「まぁいいや。みんなとりあえず元気そうだし。あ、一応聞いてみるけど、条寇の人で怪我したヒトとかいる?」
 「いえ…素直に投降したので、そんなことはないと思うけど」
 マルカの答えにうなずいて、ニーナはドアの方を振り返った。
 「えーと、それじゃ、怪我人第1号になりたくなかったら、左右の壁際に寄っといてネ」
 「え?」
 にこっ。
 子供みたいに無邪気に笑うと、彼女はインカムに向って一言、二言つぶやいた。
 次の瞬間。
 ドゴオォ……ッ!!
 間髪入れずにドアが吹き飛んだ。一直線に自分に向って飛んでくるドアを鼻先でかわして、彼女は廊下に駆け出した。
 「アックイラ〜♪」
 「おう。連絡遅ぇゾ」
 そこにいたのは手ぶらのアクイラだった。煙草のケムリだけが、やたらのんびりと揺れている。
 「男子は?」
 「隣の部屋」
 「おう」
 あっけに取られて見守る条寇の女の子たちの前で、アクイラはポケットから無造作に黒っぽい練り消しみたいなモノを出して、指先でこね始めた。それを、これまた無造作に、鼻くそでも付けるような気軽さでドアになすりつける。
 「ま、まさか、それは…ッ」
 蛇の道は蛇。っていうか、その練り消しの正体に気がついて、エレミアが悲鳴にも似た声を上げた。
 「お待ちください、そんなに使ったら…!」
 「部屋ごとふっ飛ぶってか?」
 アクイラがにんまり笑う。
 そう、それはゴム状に加工した爆薬なのだ。
 「俺様特製のブレンドにしてあんだよ。お姉ちゃんたちは心配せずに見てなって」
 反論却下って勢いで、彼はくわえていた煙草の火を、爆薬にくっつけた。
 当然の事ながら、ドアは木っ端微塵に粉砕された。

 「やってるわね〜」
 仲間たちの様子を、シィクは小型艇のモニターで観察中である。
 「ああ、楽しそう…あ、怪我人出た」
 先ほどの条寇メンバー救出(?)で、さすがに男性クルーには被害が出てしまったようだ。ニーナの指示で、ほどなくこちらへ運ばれてくるだろう。
 「あたしも、やっぱり戦闘技術習おうかな〜?」
 でも、乱暴な女だと思われたらあの人に嫌われちゃうかも。
 「それだけはイヤ〜〜!!」
 恋する乙女の悲鳴が狭い部屋の中に響き渡った。が、すぐに素に戻って、彼女はあたふたと駆けずりはじめた。
 「…とと、それどころじゃないや」
 救急キットを取り出して、念入りに中身をチェックする。簡単な手術道具に包帯、薬品。十分揃っている。
 仕事の出来る女の方が、やっぱりいいのかしらん。
 ふと、また溜息なんかついちゃったりして。
 ドンドン!ドン!
 「テイテ少尉!いらっしゃいますか!」
 ドアをノックする音なんか、ちっとも聞いちゃいないのであった。


続く。

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