CALL OUT


第二章 その2 『宇宙で一番の秘宝』

 彼らがアリストテレスを出てから小一時間。
 海賊船船長、レイ・バイロード・バファルは、船長室でうなっていた。
 「まさか、これほどとは…」
 手下たちから届く報告は、どれもこれもちっとも芳しくない。連戦連敗、どこで起こった小競り合いを見ても見事な負けッぷりを披露しているのは彼の部下ばかり。
 「報告があります」
 「もーいいッ!」
 だだっこみたいにコントロールパネルをぶち殴り、彼は違うスイッチを入れた。
 「おい、聞こえるか」
 「はい」
 インカムから聞こえる声は、くぐもっていた。
 「例のモノは見つかったか?」
 「いいえ、まだです」
 「ギエナ・アイワンは?」
 「そちらも見つかりません」
 壮年の海賊の顔がみるみる険しくなる。が、どうにかこうにか怒鳴り散らすのを押えて彼は言った。
 「逃げ場はない。絶対どこかにいる。何が何でも探し出せ…時間がない」
 「はい」
 そのまま、通信はプツンと切れた。
 「はあぁぁ〜〜〜」
 大きな体を存分に使って吐き出す、巨大な溜息。バファルは椅子に沈み込み、星空を映す天井を見上げた。
 あの連中…バケモンか?
 アリストテレスに何か強力な特殊部隊がいるという噂は聞いていた。だが、人数は一桁だという。それならば何の障害にもならない。そう踏んだからこそ、連邦の宇宙ステーションのすぐ傍だったにも関わらず作戦を決行したのだ。
 「あ〜もうッ、ムカつくムカつくムカつくッ!!!」
 あの連中さえ来なければ、アレを手に入れるのも時間の問題だったはずなのに!
 考えれば考えるほど、ムカつく。
 が、まあいい。まだ勝機はある。
 「条寇で捕らえた連邦の将校とやらを連れて来い」
 「はっ」
 次のモニターのスイッチを入れて、そこに映る部下たちに彼は言った。
 とっておきの切り札を、いきなり使うことになるのは不本意だが、それも仕方がない。しばらくふんぞり返って、そしてバファルはまた呼びかけてみた。
 「どうだ?」
 「はい、大人しくしています。どこへ連れて行きましょうか」
 「ブリッジだ」
 しっかりとワイヤーで拘束され、目隠しと猿ぐつわとでキッチリ固められている茶色の髪の若い男を見て、船長は満足そうにうなずいた。
 「すぐに俺も降りる。交渉だ」

 「スクランブルです」
 アリストテレスの中央コントロールビル。ここの最上階に、デイル・コルト首将の執務室がある。
 彼の有能な腹心にして、無二の親友、カンティ補佐官がびっくりしたように、でもあくまでものんびりと、状況を告げた。
 「スクランブルぅ〜?」
 仮にも、軍事用ステーションの中枢である。そこを電波ジャックとは大した技術と根性である。
 「で、誰?」
 「つなぎます」
 ぷつん。
 まだいいとも何とも言ってないのに、とぶつくさ文句を垂れながら、首将は渋々モニターを振り返った。実は、おやつの最中だったのであった。
 「あー、聞こえるかね?通信は繋がっているようだね」
 知らない男が偉そうにふんぞり返っている。
 「誰?」
 思いっきり不機嫌そうに、首将は顔をしかめて聞いた。それも、相手に向ってではない。思いっきり横向いて、傍らのカンティ補佐官にである。
 「さあ…?」
 「こら!聞いているのか!」
 「うん」
 ようやく相手を振り返る首将。緊張感なしである。
 「それで、何の用?」
 「トッ…ト、ト、トボけやがって〜〜〜」
 ぶるぶると、そのガッチリした体格の男が拳を震わせた。周りで見切れている他のクルーたちが青ざめているが、知ったこっちゃない。
 「この男ッ!知らんわけないだろうッ!?」
 引きずり倒すような勢いで、男は一人の捕虜を画面の方に突きつけた。淡い茶色い髪をむんずとつかまれて、目隠しと猿ぐつわをかまされた青年は苦しそうにうめいている。
 「…知らん」
 だが、コルト首将は言った。
 「少なくとも、それじゃ顔が分かんないだろ」
 「く〜ッ!」
 青筋立てて、相手は捕虜の目隠しをひん剥いた。オドオドしたような若い男の顔が大写しになる。
 「さあ、これでどうだ!」
 だが。
 それでもなお、首将は首を横に振った。
 「どちら様?」
 ぐわっ。
 男の口が大きく開いた。
 「何をぬかしとるか――!!!」
 ビリビリビリビリ、とモニターが震えた…であろう。あっちでは。
 完全に怒っている。それ以上かもしれない剣幕で、相手はまくし立てた。
 「貴様ッ、それでも宇宙ステーションを預かる首将かッ!これは、貴様の部下だろうがッ!?見忘れたとは言わさんぞ!!」
 「でも、本当に知らないんだってば」
 困ったように言う首将の横から、補佐官もモニターをのぞきこんだ。確かに、二人ともこんな男、見たこともなかった。
 「じゃあこれはどう説明するッ?」
 捕虜の着ているカッターシャツの襟元には、間違いなくアリストテレスから支給されている襟章がきらめいている。でも、本当に、知らないモノは知らないのだ。
 「ニセモノ?」
 「ちっ…がーう!!!」
 バン!とテーブルがぶっ壊れそうなほどの勢いで叩きつけ、男は叫んだ。
 「とにかく!こいつは連邦の人間だ!こいつを」
 可哀相な捕虜のこめかみに銃を突きつける。
 「殺されたくなかったら。あのバケモノみたいな6人組を撤収させろ。いいか、今すぐだ!」
 「…人質、のつもりなんですかねぇ?」
 補佐官が首を傾げた。
 「だろうな、多分」
 そう思わなければ納得がいかない。腕組みをして、首将はうなずいた。
 「答えは!?Yesか、Noか!」
 「う〜ん…」
 しばらく考え込み、そして首将はにこっと微笑んで答えた。
 「正直言うと、その人が死んでも、僕ら、全ッ然、関係ないんだけど」
 「…………!!!!」
 ブチ切れる相手。でも、それは本当なのだ。
 「もしかして、その人のことをうちのアバンティ・コウ准将だと思ってるんなら、ソレは大いに間違ってる」
 あくまでも冷静に、デイルは真実を告げた。
 「えっ」
 相手の口がぽかんと開いた。
 「彼自身に聞いてみなよ」
 言われるがまま、男は捕虜をクルリと回して自分の方に顔を向けさせた。猿ぐつわをそっと外し、怖いほど優しく尋ねる。
 「お前…名前は?」
 「カマル・リウ…です…あの」
 「何だ?」
 「先週この船に乗せてもらったばかりの新人なんで…船長にはまだ、覚えてもらって」
 ぽい。
 男は、可哀相な部下を床に投げ捨てた。そして、両手で頭を抱えた。
 「うううう〜〜〜」
 そして、そのまま、ぷつんと通信は切れてしまったのであった。

 その頃、当のアバンティ・コウ補佐官はどうしていたかというと、可哀相な新人海賊から奪った服を着て、バファルの船の中を堂々と歩き回っていた。手には銃、そして、一人のおっさんを連れていた。
 条寇船長、ギエナ・アイワンだった。
 だが、二人連れ立って歩く様子は、将校と海賊、もしくは軍人と捕虜、みたいな感じではなかった。補佐官は一応銃を持ってはいたものの、それはギエナではなく、廊下の向うから現れるかもしれない海賊に向けられていた。
 「さっきから、ずっと同じトコ歩いてるような気がしません?」
 「君もか」
 二人は互いの顔を見て苦笑した。
 「こういう船はどの階層も似たつくりになっているのが相場だが…ちゃんと前に進んでることを祈ろう」
 「意外と気弱なんですね」
 「ははは」
 乾いた笑い。
 「自覚してるんですね」
 「…海賊なんて、やりたくてやっとる訳じゃないよ」
 てくてくと並んで歩きながら、おっさんはふと、溜息をついた。
 「だからと言って、今さら辞めるわけにもいかんもんなぁ」
 「なんだ、辞めたいんですか?」
 「いや、それも微妙に違うな」
 その時、前方で足音がした。
 とっさにコウはギエナに銃を突きつけ、ギエナは片手でブラブラさせていた手錠を両手首に引っかけた。ほどなく、角を曲がって二人連れの海賊が現れた。
 「おっ!」
 相手は、二人に気がつくと、笑顔で近付いてきた。
 「船長がこいつを探していたんだ。逃げてたのか、よく捕らえたな」
 「はい」
 調子を合わせて、コウ補佐官がうなずく。
 「だが、そっちはブリッジじゃないぞ。そいつをどこへ連れて行くつもりだった?」
 もう一人が、いぶかしげな顔つきでコウを眺め回した。怪しまれるのは当然だ。二人はもうすぐハッチを抜けて、条寇の方へたどり着こうとしていたのだから。
 「いえ、その…僕、先週この船に配属されたばかりで、まだ船内の様子がつかめてないんです」
 「そうか。それなら仕方ない」
 「ブリッジはあっちだ。一緒に行こうか」
 だが、海賊たちは油断しない。二人に向って銃を構え、片方がギエナの腕に手をかけた。
 「!」
 その瞬間を、コウとギエナは見逃さなかった。
 残像も見えないと評されるほどのスピードでコウが一人を殴りつけると、もう一人の首をギエナが手錠の鎖で締め上げる。折り重なって倒れる海賊を手近な空き部屋に放り込み、二人は先を急いだ。
 「それにしても不思議なんですけど」
 コウが尋ねた。
 「バファルにとっては、条寇なんて小さ過ぎて、相手にするほどの海賊じゃないですよね?それなのに、どうして」
 「わしがしつこく狙われておるか、だろ?」
 おっさんはしたり顔でうなずいた。
 「まあ君らなら、信用できるからな。いざと言う時、頼らせてもらうから、話をしておこうかな」
 「うわ〜、頼られるんですか」
 困り笑いのアバンティに、ギエナがさらに困り笑いを重ねた。
 「なんちゅう顔をするんじゃ」
 「いや、何となく」
 「まあいい。あまり時間もないから手短に行こう」
 そう言って、ギエナは少し声のトーンを落とした。
 「実はな。条寇には、宇宙で一番の秘宝と呼ばれているモノが積んであるんだ」
 「ほほぅ?」
 「ま、そう呼ばれてるだけで、本当にそうかどうかは…いや、多分、今となっては無価値なモノだな」
 なにやら複雑そうな表情で唇の端っこだけ曲げて、おっさんは続けた。
 「だが、今でもその噂は健在なようで、このように一攫千金を狙う者がおる」
 「思うんですけど」
 コウが口をはさむ。
 「無価値なモノなら、さっさと手放してしまえばいいじゃないですか。そうすれば」
 「それが出来ればやっておるよ」
 ふっ。
 カッコつけて遠くを見て、おっさんはニヒル笑いのようなものを浮かべた。
 「ソレがただの物品ならそれも出来よう。だが違うのだ」
 「物品じゃない…?」
 「ヒトだよ。生きている人間だ」
 それを聞いて、コウが目を丸くした。それなら聞いたことがある。
 宇宙には無数の星があり、その中で生物が住める環境にある星もまた数多ある。そこには、さらに多くの人々が住んでいる。だが、それほどの数の人の中で、天文学的な確率の低さでしか生まれない人間がいる。
 スミレ色の髪、スミレ色の瞳。その色を持って生まれた人間、特に女の子は、目も覚めるような美貌に恵まれる。
 だが、それだけではない。とんでもない強運を持ち、周囲にいる人にまでその幸運を分け与え、成功に導く。どんな願いも叶えてくれるのだと言う。
 「噂にすぎん」
 ギエナは言った。
 「アレはその噂のおかげで、不幸にまみれて育ってきた。だから、わしは、アレを誰にも渡す気はない」
 「そうなんですか」
 「コウ准将よ」
 おっさんは、自分の耳につけていたピアスを外した。銀色の、四角いプレート状のシンプルなものだった。それをコウ補佐官の手に握らせ、彼は言った。
 「もしわしに何かあったら、君がアレを連邦に連れ帰って保護してやってくれ。これが鍵だ」
 「その人はどこに?」
 「条寇の船倉。最下層の奥に、さらに隠し部屋がある」
 「分かりました」
 うなずくコウに、ギエナは笑った。
 だが、そのまま二人は凍りつかざるを得なくなった。
 廊下の向うに十数人。振り返ったらさらに二十数人。
 ゾロリと揃った海賊軍団に、ずらりと並ぶ銃口を突きつけられて、二人はゆっくりと両手を上に挙げた。
 「そのキー、こちらに投げてもらおうか」
 一人が言った。
 コウがちらり、とおっさんを見ると、彼も仕方なくうなずいた。
 ちりん、と小さな音を立てて、銀のピアスが廊下を転がる。それを味方が拾い上げるのを確認し、海賊は笑った。
 「ようし。そのまま大人しく、船長のところまでご同行願おうか」
 海賊たちの中には、以前二人が殴り倒してきた顔もあった。ちょっと逃げられそうにない。
 大人しく、従うしかなかった。


続く。

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