CALL OUT


第二章 その3 『不幸の星の下に』

 ざわざわざわ。
 条寇内部はずいぶんとざわついていた。
 海賊たちはほとんど揃ったのだが、肝心の船長がどこにも見当たらなかったからだ。
 条寇の幹部らしきメンバー数人と、何故か例の6人組は、条寇のブリッジに集合していた。
 「やっぱりアレが目的だったのでは…」
 爪が白くなるほどに両手を強く握り締め、エレミアは青ざめた顔でうつむいていた。その肩をそっとマルカが抱いているが、彼女の顔色もいいとは言えない。その二人にさらに手をかけて、ミザールが心配そうにのぞきこんでいた。
 「アレって何だい?おじさんが行方不明なのと関係があるのかい?」
 言われて姉妹はお互いの顔をつくづくと眺めあう。
 「…ダメ。やっぱり、少佐たちに頼んだ方が」
 「でも、マルカ」
 金色の巻き毛をふるふる震わせ、エレミアが長いまつげを伏せる。
 「あの事は、私たちだけの秘密だってお父様が」
 「今は非常事態よ」
 「………」
 海賊に連れ去られた父親を心配する美人の娘二人。親子愛、大いに結構。うるわしい光景に、ザーウィンはほろりと来たようであった。
 「ミザール」
 眼鏡を外して目をこすりながら彼は言った。
 「余計な詮索はしなくていい。ただ、あのおっちゃんは連れ戻す」
 「本当ですか!?」
 マルカとエレミアが、ばばっとザーウィンにすがりついた。
 「本当ですか、オガサワラ大佐!?」
 「やると言ったらやる」
 自信たっぷりにうなずくザーウィン。
 「いつの間にか、任務変わってない?」
 「いいんじゃない、別に」
 シィクとニーナが顔を見合わせた。
 条寇もやっつける相手の中に含まれてたハズなんだけど、いい人ばっかりみたいだし、まぁいいか。
 と言う訳で、あからさまに悪いのはバファルの一味。そういう事に勝手に決定して、彼らは再びバファルの船へ戻ろうとしたその時。
 「お嬢様」
 彼らの後ろから、そんなか細い声がかけられた。
 「あの」
 振り向くと。
 「……!!」
 アクイラの、エディの、そしてザーウィンの目が点になった。
 所在無さげに立ち尽くす、彼女の美しいこと!
 身長はシィク嬢よりやや高く、細身で優雅。水色のロングヘアーが肩をおおい、伏し目がちの瞳が不安をたたえて揺れている。その色は、宇宙のように濃く深いブルーだった。無骨で地味なグレーのツナギを着ているのが、逆にその美しさを際立たせている。
 そして何より、その顔がとんでもない。
 陶器のようにつるんとしたスベスベの白い肌、薄く紅を引いた形のいい唇。この科学万能の時代に、神の存在を信じたくなるほどに整った、誰が見ても美しいとしか形容し難いその美貌に、堅物のエディすら目を奪われていた。
 「アンタ」
 だが、彼女に対して、マルカとエレミアは冷たかった。そりゃもう、液体窒素とどっちがっていうぐらいの勢いで。
 「どうして」
 「こんなところを」
 「のこのこ歩いてるのッ!」
 ばちこーん!
 クリーンヒット。目を丸くする5人の前で、彼女はすっ転んだ。
 そりゃそうである。双子の姉妹は、容赦なく、グーで彼女を殴ったのである。
 「な…っ」
 アクイラが目をぱちぱちさせながら、床に寝そべった彼女と、双子とを見比べていた。ザーウィンの眼鏡も思わずズレている。
 ただ、何故かミザールだけが、えらく冷静にその様子を眺めていた。
 「あ、あの、ちょっと」
 シィクがおろおろと倒れた女性に近付こうとする。すると、前触れもなく、彼女がもそっと体を起こした。
 「うぅ…」
 起き上がると、ぱさりと小さな音がして、水色の髪の毛が落ちる。
 「え?」
 が、特筆すべきは、その下から現れた本来の髪の毛の色。
 それは、見たことのない色――上品な淡いスミレ色だった。
 「イタタ」
 背中を丸めて目をこする。すると、片目からぽろりとカラーコンタクトが落ちた。
 「ちょ、ちょっと」
 エレミアがあわてて彼女に駆け寄った。
 「いけませんわ。全部取れてますわ!」
 「お嬢様…」
 「エレミア。もう隠しても無駄だわ」
 マルカが彼女を止めた。
 「本当のところを全部話して、協力してもらおう。ね?」
 「マルカ…」
 大人しくエレミアはうなずき、そしてまた一発、ぱかんと例の人物の頭を引っぱたいた。
 「ほら、立ちなさい。皆さまに紹介しますわ」
 「…はい、お嬢様」
 もう一方のカラーコンタクトもその白い掌に落とし、その人は立ち上がった。その目を見て、さしもの6人も――いや、ミザールは思いっきり横を向いていたが――息を飲んだ。
 紫の髪、紫の瞳。
 その美貌は、まさに、神に約束されたものだったのだ。
 「見ての通り」
 マルカが言った。
 「この子は、存在自体が奇跡だと言われるほどに稀有な人間なの。知ってるわよね?」
 「ああ」
 ザーウィンが眼鏡を直しながらうなずいた。
 「噂には聞いたことがあるけど、まさかここまで綺麗なものとは思ってなかった」
 「実在するとはね」
 エディはそう言い、改めてその人物を上から下まで眺めた。
 柔らかそうなスミレ色のクセ毛、きめの細かい白い肌。首も細くて、肩も薄い。まじまじと見られて、彼女はうっすら耳を赤く染めた。
 「あの…お嬢様」
 「ああ、自己紹介して」
 マルカに言われ、彼女はぺこりと頭を下げる。
 「初めまして…ティナ・フージョと申します」
 女性にしてはやや低い声。顔を上げたティナは、少し首を傾げ、困ったように微笑んだ。
 その仕草に、マルカが苦笑して言った。
 「言っといた方が…いいかな?」
 「そうですわね」
 エレミアがくすっと笑った。
 「注釈をつけておきますと、ティナは珍しい方ではございませんの」
 「は?」
 すると、彼女は自分より背の高いティナの首に両手をかけた。エレミアの手でもティナの首は軽く絞められそうなほどだ。
 「こんなに首も細いですし、体つきも華奢。顔だってこんなに可愛いんですけれども、誤解のないように申し上げておきますわ」
 言うが早いか、マルカがツナギの襟元のファスナーに手を伸ばした。ティナの抵抗空しく、それはあっさりとおろされた。
 胸元が、恥じらいもへったくれもなく、ぱかっとはだけた。
 「こいつ、男なんだよ」
 「お嬢様っ、いきなり何を!!」
 「こうでもしないと、アンタ絶対女の子だと思われるに決まってんじゃん」
 はい、その通りです。
 つるんとして何もない胸を見ても、まるで男性的ではないその容姿。アクイラが無遠慮に手を伸ばし、ぺたぺたと胸を触った。そしてそのまま、手を下へ。
 「うひッ!?」
 「うわ、ホントだ。男だ」
 それが分かった途端、彼は興味を失ったように背中を向けた。
 「メチャクチャ可愛いと思ったのに…何か損した気分」
 「そういう問題じゃないだろ」
 エディがたしなめても、知ったこっちゃないって感じでアクイラは首を振り、煙草を取り出した。
 「で?ウチの上官やらそっちの船長さんやらが見つからないのと、そこの彼と、何の関係が?」
 ザーウィンが聞いた。そして、シィクにはたかれた。
 「この大ボケ!ここまで聞いて何も分からないの!」
 「ひーん、どうして殴るんですかシィクさん」
 肝心のところでボケるんだらから困り者である。
 「いちいち全部説明してもらわなきゃいけないの?」
 「でもぅ…」
 その時、通信が入ったことを示すランプが点灯した。

 時間は少し戻る。
 バファルからの通信が途絶えて数分後、コルト首将の執務室に一人の人物が入ってきた。ユナイ中将だった。
 「失礼」
 颯爽と一礼して、テーブルの前に立つ。
 「コウから情報が入りました」
 「ん」
 首将は小さくそううなずくと、ぱっと片手を挙げた。すぐさま、カンティ補佐官が辺りを確認してからドアを閉めた。完全防音が施された部屋の中は3人だけだ。
 「向うの様子は?」
 「予想通りです。バファルの目的は、やはり『スミレ』らしいです」
 「どうして?」
 明らかに面倒くさい、といった顔をして、彼はため息をついた。
 「海賊ってのは、そういうジンクスだの迷信だのってヤツにこだわるんだろう?ほっといてやりゃいいのにさぁ」
 「でも、首将だって占いとか信じてるくせに」
 カンティ補佐官の冷静なツッコミ。
 「信じてないぞ、ンなもん」
 「でも、コレ、ほら」
 「あ!」
 いつの間に引っ張り出したのか、首将がテーブルの引き出しの奥深くにコッソリ隠しておいた相性占い診断書なるシロモノが、補佐官からユナイ中将へと手渡された。
 「そ〜れ〜は〜!」
 「これのおかげで、ここ数日凹んでたのはお見通しです」
 「…意中の彼女との相性、26%。努力が必要…これは、前途多難ですね」
 「そこも、声に出して読むんじゃないッ!」
 ユナイ中将の手からそれを引っぺがす。
 「そんなことより!今は、バファルだろー!!」
 「誤魔化しましたね」
 「仕事だろー!!」
 ぷるぷる。
 カンティ補佐官は意地悪く首を振ってから、一歩下がった。
 「分かりました、そういう事にしておいてあげます」
 「くぅ〜…」
 そもそも、自分が余計なことを言うからいけないのだが、コルト首将は拳を握ってそれに耐え、話の続きをすることにした。
 「で。アッチの現状は」
 「条寇のメンバーは全員無事が確認されました。船長とコウはまだバファルの船内にいますが、すぐに条寇の方へ戻れそうですね」
 そう言って、ユナイ中将は手首に付けた発信機を確認する。
 すると、見ているうちに、ちかちかと黄色のライトが点滅し始めた。暗号だ。
 「ああ、やっぱり。今、船長と話してるそうです。目的は予想通り」
 「例の人物は、ちゃんと保護できてるんだろうな?」
 首将が問うと、中将は発信機のスイッチをぽちぽちと押した。ほどなく返事が戻ってきた。
 「隠してあるみたいですよ」
 「それならいいが…ん?」
 ぽち。
 赤いライトが一回点滅して、消えた。
 それは、非常事態を示す。
 「おいおい」
 発信機は、それからぷっつりと何も応えなくなった。
 「大丈夫なのか、ホントに?」
 「さあ…」
 さすがにちょっとまずいと思ったのか、コルト首将は首を傾げて尋ねた。ユナイ中将はスイッチを何度も押してみるが、一向に反応がない。
 「交戦状態にでもなったんですかね?」
 「その程度ならいいが」
 その時、再び電波ジャックされた旨の警告文が、大きなモニターに映し出された。

 海賊船船長、レイ・バイロード・バファルは、ブリッジでうなっていた。
 今度は困っているからではない。勝ち誇っているからだった。
 アリストテレスの中央コントロールセンターと、いまだ船腹に接続中の条寇ブリッジに通信を繋げ、彼は悠々と第一声を発した。
 「ごきげんよう、諸君」
 そう言いながらバファルは自分の左右にいる男たちの肩に手を置いた。右には連邦准将アバンティ・コウ、左には条寇船長ギエナ・アイワン。今度こそ、間違いなく、二人とも本物だった。
 「ここにいるのが誰か…分かるね?」
 ゆっくりとタメを作りながら、彼はモニターを見る。
 さっきとはうって変わって、コルト首将は真面目な顔つきでこちらをじっと見つめていた。一方の条寇ブリッジには、海賊たちだけではなく、連邦の士官たちがぞろりんと全員集合して、これまた驚いたような表情を並べていた。
 実にいい気分だった。これぞ、悪い海賊の醍醐味。
 みなの注目を集め、にんまりと笑って、バファルは続けた。
 「俺としちゃあ、この二人が別にどうなっても構わないんだが、それじゃ貴様らが困ると思ってなぁ」
 「うぅ、何かすごくヤな奴」
 ニーナのつぶやきをよそに、彼は言った。
 「ここは穏便に、取引と行こうじゃないか、なぁ?」
 バファルの右手には、いつのまにか銃が握られていた。コウ補佐官のこめかみにその銃口を遠慮なくグリグリ押し付ける。そして、左手で、びしっとモニターを指差した。
 「そこにいるだろ、『スミレ』の」
 呼ばれて、ティナがびくっと体を震わせた。
 「そうそう。可愛いカオしてる、そこのお前」
 「ティナ」
 マルカとエレミアがそっと彼の後ろに寄り添った。その様子はまるで、可憐な花が三輪、強風にあおられておびえているようだ。実際は約一名、間違ってるのが入っているが、おそらくバファルにはそう見えているに違いない。
 「そっちの可愛いお嬢ちゃんと交換だ。2対1だ、悪い条件じゃねえだろ?」
 ああ、やっぱり。
 ひそやかなため息が、条寇ブリッジに満ち溢れた。
 やっぱり、女の子だと思ってるぅ〜。
 だが、そのガックリを、バファルは勝手に都合よく解釈し、満足げにうなずいた。
 「それじゃ、今から30分だけ待つ。それまでに来なけりゃ、こうだ」
 パシュ。
 乾いた音が、モニターから響いた。
 「いつ…ッ!!」
 同時に、コウ補佐官が崩れ落ちた。
 警告ナシ、至近距離からの発砲だ。弾丸は左の上腕をかすって床に突き刺さった。焼けつく痛みと流血に、コウ補佐官が顔をしかめた。
 「いいか?少しでも変なマネすりゃ、次はここだ」
 腕を押えてうずくまる彼の頭にゴリゴリ銃口を押し当てながら、バファルは告げた。
 「お嬢ちゃん、返事は?」
 「…分かりました」
 顔を上げ、ティナは答えた。
 「必ず行くから、それまでは絶対その人たちに手を出さないと約束して下さい」
 「いいだろう」
 勝ちを手にした者の、余裕の笑み。バファルはにんまりと笑った。
 「待ってるぜ、お嬢ちゃん」
 この時、この海賊は、自分が大変なモノのスイッチを押してしまった事を全く知らなかった。

 豪快な笑い声を残して、通信が切れる。
 不安げに見守るみんなを振り返り、ティナは言った。
 「僕なら大丈夫…今まで、ずっとこうでしたから」
 だが、スミレ色の瞳は寂しそうに伏せられ、これまた何ともいえない美形ッぷりを際立たせることになった。
 「でも、あんた」
 「いいんです、お嬢様」
 かすかに笑みを浮かべて彼は言う。
 「ここにいる間は本当に楽しかった。短い間だったけど、感謝しています」
 「おいおい、ちょっと待てよ」
 アクイラがくわえ煙草でツッコンだ。
 「何かヘンな言い方だな。お前、ここのクルーじゃねぇのか?」
 「僕、ここに来て、まだ3ヶ月ぐらいなんですよ」
 「は?」
 「助けてもらったんです」
 ティナが特異な容貌をもって生まれてきたのは、一目で分かる事実である。そのため、立って歩けるようになると、それを待っていたかのように、いきなり誘拐されてしまった。
 宇宙は広い。スミレ色の髪と目を持つ子供を、金にまかせて手に入れたい人間は山のようにいる。と言う訳で、ティナはそのままマフィアに売り飛ばされることになった。
 だが、彼の不幸はそんなもんじゃ終わらなかった。
 あまりにも可愛いので、誰もが一目で女の子だと思い込んでしまう。そうすると、買値もバンバン跳ね上がる。が、買ってみると、コレが男なのだ。
 そりゃもう、買った方の怒りは尋常ではない。ティナは散々八つ当たりされた上、また別のところに転売される。そういう生活を強いられて、もう十五年が経過していた。
 そんなある日、ティナを始めとする可哀相な女の子たちが売りに出されたオークションの会場を、条寇が襲撃した。
 混乱する会場から連れ出されたティナだが、それもまたよくある事。刺激的過ぎる毎日が変わるわけではない。
 そう思って諦めていたのに、この海賊たちは全く違っていた。
 船内の掃除も、料理当番も、機械のメンテナンスも、ついでに船長のワガママなお嬢様たちの遊び相手もさせられた。仕事が遅いと怒られる、頭はぽかぽか殴られるし、着るものは他の人のお下がりだし、ぞんざいなことこの上ない。
 そう。彼は貴重な珍獣としてではなく、もちろん見た目を愛でるだけの人形でもなく、ただのクルーとして扱われたのだ。
 何か外部と接触するような事態があると、カツラとカラーコンタクトを着用するように言われていたが、それは紛れもなく、彼を守るために他ならなかった。
 「お父様は、ティナは死んだって噂を流しておいたのですけれど」
 「全く、どこから情報が漏れたんだろうね、ホント」
 双子の姉妹は、肩を落とした。
 ティナがここにいるのはバレバレだ。しかも、バファルは人質を二人も持っている。条件を飲まなければ、容赦なくあの二人を殺してしまうだろう。条寇みたいなチッポケなのはともかくとして、連邦に楯突くことだって全然平気な凶悪犯なのだ。
 「お嬢様。僕だって男ですから、やる時はやります」
 ティナは笑った。
 「船長にはご恩があります。だから、必ず、助けます」
 どうせ今までの生活に戻るだけ。平凡な毎日は楽しかったが、いつまでも続くものではないと最初から諦めていた。
 「ようし、決まり」
 その細い背中に手を置いて、ザーウィンがうなずいた。
 「僕たちも付き合いますよ〜。こっちも取り戻さないといけないのがいるから」
 「ったく、ウチの上官に怪我なんてさせてくれてよぅ」
 アクイラが目を細める。それは、かなりのご立腹の印だった。
 「行くぞ。今度は、ブッ潰す」


続く。

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