CALL OUT


第三章 その1 『大事なコトは…』

 バファルの船に一歩入ると、そこにはずらりと海賊たちが待ち構えていた。
 「こっちだ」
 いくつもの銃口を突きつけられて、ティナが先頭に立った。その後ろに、武装解除された6人が続く。うっかり口でも開こうとすると、たちまち銃口ににらまれるので、仕方なく一行は黙ったまま歩き続けた。
 「さあ、入れ」
 ブリッジへの扉が静かに開く。
 広々としたブリッジのちょうど反対側に、バファルと人質二人が立っていた。コウ補佐官は、相変わらず辛そうに左腕を押えていた。
 「ようこそ」
 芝居がかった大きな礼をして、バファルはにんまりと笑った。
 「呼んでない人たちも来ているようだが?」
 「あなたが」
 ティナが言った。普段より少し高めに声を作っている。
 「本当に船長やその人を返してくれるか信用出来なかったから」
 「物騒なことを考えてるんじゃないだろうな」
 「ちゃんと約束さえ守ってもらえば、わたしはそっちへ行きます」
 さすがにこの手の状況は慣れっこらしい。双子が用意してくれた可愛いワンピースを着て、彼はじっと相手を見つめた。
 重苦しい沈黙が辺りを包む。が、やがて、バファルが根負けしたように肩をすくめた。
 「いいだろう。それなら、まずこちらから一人返す。そうしたら、お前がこっちへ来るんだ」
 「………」
 ティナは少し考え、それからザーウィンを振り返った。うなずくザーウィン。
 「それじゃ、まず怪我人の方から返して」
 「よし」
 バファルが銃でコウ補佐官の背を押した。警戒して後ろを何度も振り返りながら、彼は6人のすぐ手前まで歩いた。手を伸ばせば、届く距離。だが、微妙に遠い。
 「そこで止まれ」
 海賊が低い声で言った。
 「どうした?」
 ザーウィンの問いに、バファルはあごをしゃくった。
 「今度はそっちの番だ。女を寄越せ」
 「え?」
 「ちゃんと返しただろう?さあ、早く」
 ザーウィンは一瞬躊躇した。こんなところでコウを止めて、何か企みがあるのではなかろうか?
 だが、ティナがすっと彼の傍らに進み出た。
 「大丈夫です。行きます」
 「ティナ」
 慣れたものだ。彼は――いや、今は彼女のフリをしている彼は、軽く両手を上げて、ゆっくりとブリッジの中央へと歩みを進めた。みんなが息を殺して見守る中を、ゆっくりと一歩ずつ。
 やがて、ティナはバファルの眼前に立った。
 「もっとこっちへ」
 「…はい」
 唇をなめ、ティナはさらに一歩踏み出した。
 バファルの右手が遠慮なく伸びて、彼の細い手首をつかむ。そのまま力任せに引っ張って抱き寄せる。
 「くくッ…」
 自然と笑みがこぼれた。
 「ははは…これが!これが宇宙一の幸運か!!ついに手に入れたぞ!」
 哄笑が響き渡る。
 そのせいで、部下からの報告が一瞬、遅れた。

 「船長、何か来ます!」
 「は?」
 振り返るバファル。モニターを確認する。だが、それはほんの一瞬の出来事だった。
 「何もないじゃないか」
 「で、でも今」
 すごいスピードで、何かがこの船の方へ来るのが見えたんですけど。
 そう、言おうと思った次の瞬間、耳をつんざく爆音と、立っていられないほどの激しい振動が海賊船を襲った。
 「うわッ…!?」
 6人も、コウ補佐官も、ギエナも、その他大勢の海賊たちも、膝をつき、手をついて床に這った。その中で、ティナを抱えたバファルだけが、上手くバランスを取って立っていた。
 「くくく」
 なす術もなくゴロゴロと転がっている彼らを見下ろし、海賊は勝ち誇っていた。
 「さすがだな、この威力…効果てきめんじゃないか」
 そう言って、悠然と銃を構えた。
 「外から来たのが何かは知らんが、もう貴様らが俺の敵じゃないのは確かだな」
 「何を…するッ?」
 目を丸くするティナに、バファルは笑いかける。
 「お前さえ手に入りゃ、あとは邪魔なだけなんだよ」
 「そ、それじゃ約束が違う!」
 「お前は黙ってな」
 まだ立ち直れないザーウィンに銃を向ける。
 「死ね」
 「やめろ!」
 ティナが叫んでも間に合わない。
 バファルが銃の引き金を引いた。弾丸は、まっしぐらにザーウィンの頭めがけて襲いかかる。
 こりゃヤバい。
 ザーウィンはえらく冷静に、銃口を見ながら考えていた。

 「アービーッ!!」
 場違いにも程がある。
 「アァービィーッッ!!」
 だが、間違いなく、その人物は、その状況へ、頭から思いっきり突っ込んできた。倒れている海賊たちの頭上を飛び越え、一点めがけて。
 ついでにザーウィンにブチ当たった。
 「いてッ!」
 「ぐわッ!!」
 どさーっ、と派手な音を立てて、その人は人の海の中へ倒れこむ。
 弾丸は蹴飛ばされたザーウィンの頭をかすめ、髪の毛を数本吹き飛ばしながら、下敷きにされていた海賊の臀部などに命中した。
 「な…何だ?」
 この場で一番状況がよく分かっているはずのバファルさえ、何が起こったのか分からずに、その手を止めた。
 ぱっと見は、何も変わっていないように見える。だが、よ〜く見てみると、一人、増えていた。
 長い黒髪、震える背中。
 「ど…どうして」
 コウ補佐官のつぶやきが、静かなブリッジでずいぶん大きく響いた。
 「だって」
 人ごみの中から二人が体を起こす。
 「アービーが、怪我を」
 ひっくひっく、えぐぅ。
 …泣いてる。
 「よしよし、いい子だから泣かないで」
 子供をあやすように、補佐官は相手の頭をなでる。涙でグチョグチョだが、その顔、確かに見覚えがあった。
 「ユナイ中将?」
 上に重なる海賊たちを放り捨てて、エディが起き上がった。他のメンバーたちもぞろぞろと顔を出す。
 「ホントだ」
 コウ補佐官に肩を抱かれて、えっくえっくとしゃくり上げているのは、間違いなく、あのユナイ中将だ。
 さっき、海賊船のレーダーが一瞬だけ捕捉した高速艇に乗って来たのだろうということは分かる。それにしても速過ぎゃしないかい?それに、何で来るの?そもそも何で泣いてるのさ?
 その疑問を解決するより早く、バファルが再び銃を構えた。
 「一人増えたところで何も変わりゃしねえ」
 今度の標的は、ユナイ中将だった。

 …のはず、だったのだが。
 バファルが撃った弾丸は、やっぱり標的には命中しなかった。
 「イテテ…」
 中将の前に、金色の風が吹く。金髪をなびかせて飛び出してきたミザールが、右手を握り締めて顔をしかめた。
 「ああ…傷が」
 掌を開くと、そこに弾丸が一つ。
 発射された弾丸を素手で受け止めてしまったので、掌に傷が出来てしまったのだ。血が、ちびっとばかし滲んでいた。
 「うわあぁっ、ち、血が!僕の血が!」
 そういう問題ではないような気もするが、彼にとってはそれが一大事。
 美しい顔がたちまち怒りの形相へと変化して、キッ、とバファルをにらみつけた。
 「よくも…僕の体に傷をつけたな」
 言うが早いか、手首のスナップを効かせて弾丸を投げ返す。
 コントロールが悪くて海賊船の船長には当たらなかったが、ソレは、背後のモニターにビチッ!と音を立ててめり込んだ。ガラスがクモの巣状に激しくひび割れて、映像が消える。
 「ミザール少佐……あ、あの、ありがとう」
 コウ補佐官が、おっかなびっくり礼を言うと。
 「僕はお前なんか助けた覚えはない」
 キッパリとそう言い切った。
 「言っておくけど、僕は男なんか、絶対に助けない」
 そしてそのまま、くるりと背を向けた。丹念に手を拭いてから、まだ転んだままのニーナとシィクに、優しく手を差し伸べる。
 「大丈夫?立てる?」
 「うん、ありがと」
 そうなのだ。こういう奴なのだ、こいつは。
 ティナの時だって、言われる前からたった一人だけ彼が男と見抜いて、そっぽを向いていた。
 でも、そういう事は。
 エディとアクイラは顔を見合わせた。
 「じゃ、ユナイ中将って」
 「…女か!?」
 「正解」
 ザーウィンが答えた。
 「待て。知っていたのか、ザー」
 しれっと答えた彼の襟首を掴んでエディが立った。身長差51cm。ザーウィンの両足は完全に床を離れていた。
 「く…く、苦しい…」
 「お前は」
 温厚なエディが眉間にたてじわを作った。
 「どうして、そういう事を先に言わない?だから、チームリーダーとしての自覚がないというんだ」
 ザーウィンを吊り下げたまま、この場でお説教だ。こうなると止まりはしない。
 アクイラはゆっくりとその場に腰を下ろし、煙草に火をつけた。
 飛んできたくせに泣きべその上官、女の子の世話にかまけてばかりのミザール、お説教に夢中のエディ。誰も周りの様子なんか気にしちゃいない。アクイラとて、悠然と一服しているだけだ。
 「く…ッ」
 バファルが歯軋りの音を立てた。
 一度ならず二度までも相手を殺すのに失敗し、今、あまつさえ、その連中に全く無視されて、彼のプライドはズタズタになっていた。
 宇宙一凶悪と言われる海賊が。連邦の一個艦隊さえビビらせて退却させうるこの俺様が。ましてや、宇宙で一番の幸運を与えてくれる女神すらも手中におさめた、このレイ・バイロード・バファル様が。
 こんな…こんなスットコドッコイの一団に、いいように扱われてなるものか。
 一言も発しないまま、バファルは自分の左手の指先を噛んだ。
 別に、悔しすぎて爪を喰いちぎっている訳ではない。彼がぐいとあごを引くと、手袋を脱ぐように、左腕の肘から先がスッポ抜けた。その代わり、そこには彼の太い腕と同じ太さの大口径のランチャーが埋め込まれていた。
 「せ…船長、ダメです!」
 「それは…それだけは!」
 「やめて下さい、ここでは使わないで!」
 アクイラのお尻の下から口々にそんな声があがる。
 「おいおい」
 青い顔だらけの海賊の山に向ってアクイラが笑う。
 「何をそんなにビビってんだ?」
 「あなたはアレの威力を知らないから笑ってられるんです!!」
 「船長がアレをぶっ放したら」
 誰かがバファルを指差した。例のソレは、丁度彼らの方を向いたところだった。
 「この部屋の半分は軽く吹き飛ぶぞ」
 「くぅ〜くっくっくっ」
 バファルは引きつった笑顔を浮かべた。左腕をぐるりと回し、それから余裕タップリの表情で、ひとかたまりになっていたザーウィンたちの方へと照準を合わせた。射程内にイヤでも収まってしまう海賊たちはみな一様に青ざめる。
 アクイラが煙草のフィルターに歯を立てた。
 海賊などのならず者が自分の体を改造して武器を装着するのは、単にいざという時のためとか、カッコがいいとか、そう言った簡単な理由からだけではない。引き金を引く、という操作を自分の意思一つでコントロール出来るため、弾の射出にかかるまでの速度が格段に短い。
 つまり、早撃ちではとんでもなく有利、ということなのだ。何かやった瞬間、辺りは吹っ飛ぶ。
 苦々しそうに吐き出された煙草の煙がのんびりとたなびいて、ブリッジの凍りついた空気に消えていく。
 「ザーウィンさん!」
 思わず、ティナが叫んだ。
 「おう」
 まだ説教を食らい続けていたザーウィンは、渡りに船とばかり、何とか顔を動かして返事をした。
 「どした?」
 「僕を」
 太い腕で首を絞めつけられながら、彼は言った。
 「僕の力を信じてください」
 「…それは」
 にやにや笑ってバファルが答える。
 「お前が、俺とあいつと、どっちに幸運をもたらすかってコトか?」
 「似ていますけど」
 全然違います。
 最後の言葉を飲み込んで、ティナはじっとザーウィンを見た。エディが手を離したので、どさり、と音を立てて、ザーウィンはしりもちをついた。
 「いいだろう。賭けと行こうじゃないか」
 勝手に納得して海賊はうなずいた。懐から小さな護身用の銃を出して、ザーウィンに放る。
 拾ってみると、これまた早撃ちには恐ろしく適してない旧式のヤツだ。ザーウィンがそれをためつすがめつしているうちに、バファルは部下に合図をした。
 「このコインが落ちた時が勝負だ」
 海賊の掌に乗せられた小さなコイン。船長の目配せで、彼はそれをピンと跳ね上げた。
 同時に、バファルとザーウィンがお互いに向って銃を構えた。


続く。

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