CALL OUT


第三章 その2 『本日の運勢占い』

 みんなが見守る中、鈍色のコインがくるくる回る。
 ゆっくりと人の目の高さまで舞い上がり、ふと止まり、それから急速に落下していく。
 ザーウィンも、誰もがその動きを夢中で追っていた。
 だから、本来その時が来るのよりも一瞬だけ早くバファルが動いたのに、誰も気付かなかった。
 早撃ちで相手に勝つために、海賊がいつも取ってきた手段。それは、合図より早く撃つ事。それも勝負のうちなのだ。
 手段を選んでいては、生き残る事など出来ないのだ。
 悪いな、将校さんよ。
 コインが床に落ち切る直前に、バファルはそんな笑みと共に、左腕に力を込めた。
 ごりっ。
 だが、次の瞬間、肘の奥のほうでそんな音がした。
 「!?」
 た…弾丸が引っかかった!?
 思う間もなく、ザーウィンが引き金を引く。
 彼が放った弾丸は、狙い過たず直線を描き、真っ直ぐこちらを向いていたバファルの左腕の銃口の中にスポリとおさまった。
 しーん、と静まり返るブリッジ。
 何事もなく落っこちたコインだけが、くるくるくるくるとかすかな音を立てて回っていたが、それもやがて推進力を失い、コツンといって倒れた。
 だが。何も起こらない。
 「……撃った?」
 長く気まずい沈黙の後、ザーウィンが一言尋ねた。
 「撃った」
 バファルは答える。
 メンテナンスは万全のはずなのに、何故かロケット弾は内部で引っかかって不発。そこにザーウィンの弾丸が飛び込んできたが、これも不発。
 この事実を幸と言うべきなのか不幸と言うべきなのか迷いながら、バファルは軽く左手を振ってみた。
 すると、ズルリと嫌な感触があって、中でモノが動き始めた。
 「うわあぁぁッ!?」
 不発弾が砲身の中を滑り始めたのを感じて、バファルは大きく腕を振った。うっかり自分の足元なんかに落とした日にゃあ、自分が吹っ飛んでしまう。ちょっとでも遠くへ投げなければ!
 ぶんっ!
 と言う訳で、直径6cmもある大きな弾丸は、すぽーんと銃口を抜けて勢い良く宙を飛び、ブリッジの真ん中辺りにどすんと着地した。
 「………」
 海賊たちが息を飲んで見守る。
 しばらく見ていると、大きな弾丸の先っちょに、オマケみたいにくっついていたザーウィンの弾丸が、なにやら恥ずかしそうにぽとり、とはがれて落ちた。
 その途端、爆弾モドキみたいな弾丸が暴発した。

 それは、すべてが最初から仕組まれていた事件のようだった。
 いや、ある程度は仕組まれていたのだ。連邦上層部と海賊の密約は交わされていた。世にも珍しいモノを手に入れるため、ある程度のシナリオは事前に想定されていた。
 だが、しかし。
 「ここまで」
 執務室で頭を抱える金髪の青年。
 「何もかもが上手く行くと、ちょっと怖いな」
 「でもそうなると思ってたんでしょ?」
 傍らで補佐官が笑う。
 「そう思ったから、あのメンバーを集めたんでしょう」
 「世の中には、予定外って言葉があるんだよ」
 それを簡単に乗り超えて、事態は収束に向っていた。
 「大体、俺は何も言ってないんだぞ?」
 シナリオは彼ら二人の頭の中だけにあったのだ。多少の紆余曲折はありながらも、それに沿って、話は着実に進んでいく。
 「そりゃあ」
 補佐官はピッ、と人差し指を立てて上司に突きつけた。
 「首将の考えるコトは常識とはかけ離れてますから」
 「それって、普通の人間にとっちゃ全部予定外ってコトか?」
 「分かってるじゃないですか」
 はじける笑顔。ああ、とアリストテレスの総責任者は頭を抱えた。
 「だからアレだけは、上手く行かないのか?」
 デイル・ランドルフ・コルト、27歳。そろそろ、片思いのカノジョと正式にお付き合いなど始めたい年頃だった。

 バファルが放り投げた不発弾は、暴発して小規模な爆発を起こした。ブリッジの床がめくれ、ガレキが飛び散る程度で、心配されたような大惨事だけは免れた、ハズだった。
 一つの欠片が宙を舞う。それは、鋭いエッジをきらめかせて、一人の青年に襲いかかった。
 スパッ、と小気味のいい音がして、彼の頬が切れた。
 ぴっ、と小さな赤い血の一滴が飛んで、すぐ側にいた彼女の手の甲へ落ちた。
 「あ…」
 それを見て、二人は同時に声を上げた。
 ユナイ中将は驚愕の。コウ補佐官は絶望の。
 しまった。
 コウはあわてて彼女の手の甲に自分の手を重ねて血を隠したが、もう遅い。顔を上げた中将の目には、彼女の大切な補佐官の顔に傷が、それも出血を伴う切り傷が出来てしまっているのを確認した。
 折りしも、その向うに、再び例の左手ランチャーを構え直したバファルの姿があった。
 「……」
 中将は無言ですっくと立ち上がった。
 「おうっ、何だテメエッ!」
 ショックから立ち直り、臨戦態勢に戻ったバファルが低い声を出す。
 「アービーに怪我をさせたな」
 一歩踏み出して中将は答えた。
 「あ、ちょっと待った」
 あわててザーウィンが駆け寄り、彼女を止めようと手を出した。だが。
 「うるさいッ」
 その一言で、彼はハジかれた。
 そう。文字通り、磁石が反発する時のように、ザーウィンは手も触れてないのに中将から跳ね返されて、エディにぶつかった。受け止めたエディが、一瞬顔をしかめる。ザーウィンの体から静電気がばりばりに放出されていて、触れた瞬間、掌がビリビリ痛んだのだ。
 「今のは…何だ?」
 「すみません」
 何故かコウ補佐官が頭を下げた。
 「ああなると、もう止まらないんです」
 「今のは何だって聞いてるんです」
 どんどん歩いていってしまう中将を目で追いながらエディが尋ねると、補佐官は頬の傷に手を当てて答えた。
 「中将はマロウア種なんです」
 「マロウア?」
 「あ、知ってる」
 ニーナがひょこっと顔を出した。
 「バウロニウス星系の惑星にちょこっとだけ存在してる希少民族。それじゃ、中将ってマロウア語しゃべれるの?」
 「僕も話せますよ。僕もマロウアだから」
 「それじゃ、この前分からない単語が」
 「ニーナさんニーナさん」
 話がアッチへ行ってしまう前に、ザーウィンが口を挟む。
 「単語は後でいいから、今はそのマロウア種について手っ取り早く教えてください」
 「電気人間ね」
 簡単過ぎだ。だが、何となく分からなくはない。
 「帯電性が高いのかしら?それとも自分で電気を起こせるの?」
 「どっちもです」
 シィクの冷静な質問にコウがうなずいた。
 「もっとも、今現在、ユナイ中将ほど放電性能の高い人間はほとんどいません。しかも」
 「…しかも?」
 だが、その答えは、聞かなくても分かった。
 「うぎゃああああああああッッ!!」
 「ひいいいいいいいいいいッッ!!」
 ブリッジ中に響き渡る二人分の悲鳴。片方は野太く、片方はか細い。
 見ると、ユナイ中将がすっと右の拳を振り上げたところだった。その足元には投げ出されたように倒れこむティナ。
 バファルは、中将の左手で胸倉をつかまれていた。パチパチと耳障りな金属音が、絶えず左腕の銃から発せられている。すでに視点は合ってない。
 「ティナ!大丈夫か」
 ギエナが手を差し伸べると、二人の間にバチッと青い火花が散った。
 「ギエナさん、ティナさん!早くそこから離れて!」
 「了解だ」
 痺れる手でティナを引きずり起こし、ギエナがバファルから離れる。転がるように、何とか2メートルほどの距離を取ったその時、ユナイ中将の、火花飛び散る拳がバファルの顔面に叩きつけられた。

 「それでは、仕事を片付けてしまいましょう」
 コウ補佐官は冷静にそう告げた。
 「ちょっと待て」
 腕組みしたままアクイラがあごをしゃくる。
 「アレ、どうすんだ?」
 スパークして完全に沈黙したモニターの前に、人影が二つ。
 一人は長い髪の女性。黙々と拳をふるい、海賊船の破壊工作にいそしむ。
 もう一人は大柄な男性。連邦をも震え上がらせた凶悪な海賊だったが、今は見る影もない。灼熱の放電で服はもちろんボロボロに焼け焦げ、火傷だらけで失神していた。
 並みの人間ならばすでに命はなかったろう。頑強に鍛え上げていた肉体のおかげで、辛うじて生き長らえているといった感じだ。
 「後で何とかしますから」
 ちょっと苦笑を浮かべて補佐官は辺りを見回す。
 「まずは手下の海賊たちの確保。条寇の人たちとも連携して、犯罪者たちを全員収容してください。アリストテレスからはすぐに護送船が到着する予定です」
 「条寇は逮捕しなくていいの?」
 「彼らは協力を要請しても大丈夫だと判断します。今のところ、危険はないし。ね、ギエナさん?」
 「ああ」
 ギエナが引きつりながら笑顔を浮かべた。
 「こっちも、助けてもらった形になりますからな。それぐらいは」
 ばこっ。
 彼らの背後で不穏な音がする。すると、嫌な信号音とともに、ブリッジの照明が半分ぐらい落ちてしまった。
 「さ、あまり時間がないですから。急いで急いで」
 あくまでもにこやかに、コウ補佐官は話を進める。しかし、6人には分かっていた。
 この船は、もうあまり保たない。
 電撃をまとったユナイ中将のパンチは、この船の命令系統に致命的なダメージを与え続けていた。
 「そう言えば聞いたことがある」
 ザーウィンは海賊たちを引っ立てながら傍らのミザールにつぶやいた。
 「連邦のどっかのステーションに所属してた下士官がさ、素手で艦船を一隻沈めたって話」
 「あ、僕も」
 ニッコリ笑ってミザールが答えた。
 「それってユナイ中将のことだったんだねぇ。美人で良かったよ、ホント」
 「…お前はそれしか頭にないのか」
 彼女はまだ錯乱状態にあった。ほんの数時間前、一緒にケーキを食べていた時の、温厚で聡明な姿とははるかに程遠い。
 コウ補佐官の話によると、幼い時からずっと一緒に育ってきた彼がピンチに陥ると、過剰に電流が流れてしまって前後不覚になるらしい。それさえなければ、もっと早く昇進しているはずだった。
 「後始末はしてくれるって言ったのにな」
 ぶつくさと文句が絶えないのはアクイラである。
 「あたしたちが後始末する事になるとはね〜」
 そう答えるシィクは、でもなんだか楽しそうである。
 「でもいいじゃん?あたしたちより強い上官なんて、そうそういるもんじゃなし」
 「そうだな…俺、中将とケンカして勝てる自信、ないわ」
 珍しく年相応の子供っぽい笑顔を見せて彼も笑う。そう言って笑っている間に、フワリと足が宙に浮いた。
 ついに、重力制御装置もヤられてしまったらしい。
 「まずいな」
 中空にぽっかり浮いてしまったニーナを捕まえながらエディが言った。
 「空調もあまり効かなくなってきたみたいだ。寒いぞ」
 「急ごう…って言っても、こっちにはもう人、いないよ」
 薄暗くなった海賊船の中は少し怖いぐらいに静まり返っていた。強いと信じきっていたボスがあのように無残にやられてしまったのを見て、部下たちも観念したのか、みなすっかり大人しくなってしまったのだ。
 「それならOK」
 エディがザーウィンに合図する。
 「俺らも全員大丈夫だ。それじゃ行くか?」
 「いや」
 最後にザーウィンが首を振った。
 「俺たちの、大事な大事な上官がまだだ」

 今来た廊下をフワフワ戻る。どこか遠くでまた、ガン、と機械が一つ壊れる音がする。
 ブリッジへの扉はわずかに開いたまま、ウンともスンとも言わずに彼らの行く手を阻んでいた。
 「ユナイ中将ー!コウ補佐かーん!」
 その隙間に顔をくっつけて、ミザールが中を覗き込んだ。中は廊下より更に暗いが、彼の視力はその中を見通す。
 「どうだ、いるか?」
 「あ、いたいた。二人ともまだモニターの前だ」
 「おーい!!」
 呼びかけると、あ、と小さく返事が聞こえた。
 「海賊たちの収容は全部終わりましたよ。補佐官も早く」
 「う〜ん」
 結構遠くの方にいるのか、返って来る言葉は妙に反響していた。
 「それがねぇ。出られなくなっちゃったみたいなんです」
 「ええッ!?」
 確かにこの扉から出入りする事は出来ない。だが、こっちには馬鹿力があるのだ。
 「これ位なら、何とかなる」
 エディがずいっと前に出た。
 扉の隙間に両手をかけて、力任せにこじ開ける。めきめき、と小気味良い音を立てて、次第に隙間が広がり始めた。
 「まだか?」
 「そりゃあな」
 そこら辺の壁とは作りが違う。コレは船の中でも一番大事な場所に通じる扉なんだから、そう簡単に壊れてはくれない。
 「だが、もう少し」
 「エディ=アルド中佐」
 さらに力を込めていると、ブリッジの中からやや大きな声がした。
 「もういいんです」
 「何が?」
 「それを壊していたら、君たちが脱出する時間がない。本当に、この船はあと数分も持ちません」
 がごん、がごん。破壊音は楽しげに続いている。その音に負けないように、コウ補佐官はさらに声を張り上げた。
 「これは命令です。全員、今すぐ退避しなさい!」
 「おーおー、言ってくれるじゃん」
 たちまちアクイラが不機嫌な顔つきになった。
 「ちょっと上官だって認めてやったら、もう命令かよ?残念だけど、そんな命令は聞けないねェ」
 「それなら、最後のお願いという事にします」
 ばきィ…ン。
 金属音と共に、彼の声は静かに響いた。
 「僕らを生きて連れて帰ったところで、もう僕らは君たちの上官であり続けることは出来ない」
 一瞬エディの手が止まった。エディだけではない、他の5人も、驚いたようにドアの隙間を見た。
 もうかなり開いてきた暗がりの向うに、コウ補佐官が立ち尽くしていた。
 「何だよそりゃ」
 いきり立つアクイラを押え、ザーウィンが彼に問う。
 「それは、僕らの上官であるのがイヤだって意味じゃないですよね?」
 「今回の任務が最後のチャンスだった」
 返事の代わりに、青年はそう言った。
 「でも、またベルが暴走してしまった。僕は止められなかった」
 バファルこそ拘束出来たものの、被害はあまりにも甚大だ。今までも何度もこんな感じで任務を崩壊させてきた二人だから、戻ったところで、軍法会議にかけられるのは間違いない。下手をすると――いや、しなくても、もう十分厳罰モノだろう。
 「だから、君たちまで巻き込むわけにはいかないんですよ」
 背後で一際大きな爆発音が響き渡った。
 暗がりに稲妻が走る。そして、モニターから炎が吹き出した。
 「うわああッ!?」


続く。

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