CALL OUT


第三章 その3 『何もかも。』

 「無茶をするのも大概にして欲しいもんだな」
 ゆっくりと日本茶をすすりながら、コルト首将は言った。
 彼の前にはズラリと並んだ部下たち。一部のみ、しゅんとしょげ返っている。
 「俺がいいって言ったら何でもいいの。勝手なコトしない」
 「でも、私は」
 「記憶がない人は黙ってなさい」
 口を挟もうとしたユナイ中将の意見はあっさり却下された。代わりにコウ補佐官が顔を上げ、何か言いたげに首将の方を見た。だが、これも却下。というか、おそらく気付いてもらえていない。
 「それもこれも全部、お前の責任だな」
 「ええ?俺!?」
 何故か指差されてザーウィンがすっとんきょうな声を上げた。
 「何で俺が」
 「上官の面倒を見るのがお前の役目だろうが。それを、あんな大変な事態にさせてしまって」
 「あんなって…」
 大体なんで大佐であるザーウィンが中将と准将の面倒見なくちゃイケナイのだ。
 そう思う。思いはするが、その台詞をぐっとこらえて、彼は答えた。
 「とほほ〜」

 火を吹くブリッジ。倒れる中将。
 あの時、全ては終わってしまったかのように見えた。
 普通なら、絶望的な状況。でも、彼らは違う。
 エディは渾身の力を持ってドアを破壊した。彼が支える隙間をくぐって4人がブリッジへ飛び込む。呆然と立ち尽くすコウ補佐官を引っぱたいて、ザーウィンとニーナが引きずり出す。
 「何のつもりか知りませんけどね」
 ザーウィンは苦々しげに答えた。
 「途中で任務放棄だけはしちゃダメですよ。首将はね、そういうトコうるさいんだから」
 「ですけど」
 「軍法会議なんてかけられるワケないじゃん」
 傍らでニーナがお気楽に笑う。
 「だって多分、これも全部任務のウチなんだもん」
 「え?」
 「あの人を馬鹿にしたら痛い目見ますよ」
 「痛い目って…」
 「長い話は後でね」
 その後ろで、アクイラとシィクがうまい具合に気絶してくれたユナイ中将を確保する。
 「怪我はなさそうね」
 「まったく手間のかかる」
 燃え上がるモニター前から離れながら、アクイラが笑って悪態をつく。
 「まあ、楽しくなりそうだからいいけど」
 「さ、早く行こう」
 ブリッジを抜けると、そこには脱出用のポッドまで一直線に穴が開いていた。ミザールの絶対的な方向感覚に従い、エディが床だの壁だの全部ブチ破って通路を作ったのだ。重力がないから、みんなでエディに捕まる。そこでまたランチャーを一発撃てば、あっという間にポッド格納庫までたどり着ける。
 「これで…任務完了?」
 「ええ」
 呆然とたずねるコウ補佐官に、彼らは笑った。
 「バッチリです」

 本当はバッチリではなかった。
 脱出のタイミングは微妙に遅れていたのだ。首将が回収のために別の船を出していなかったら、ポッドは海賊船の爆発に巻き込まれていた。
 それゆえに、
 「ザーウィン、減給」
と、首将は言った。
 「マジでぇ〜!?」
 「当然だ。あの船を出したのは予定外だ。金がかかったんだ」
 親指と人差し指を丸めて、右手を差し出す。たぶん、今回の作戦において、一番金のかかってないところであろう。
 「それなら私も」
 「記憶がない人は黙ってなさい」
 また口を挟みかけたユナイ中将をぴしゃりと叩いて、首将はひらひら手を振った。
 「中将が暴走するのは予定に入っていたことなんだから、お前が心配する事は何もない」
 「予定…って?」
 エディがまさか、という顔をした。
 「うん」
 うなずくコルト首将。
 「最初に条寇から救助要請があってね」
 その内容は、ティナを保護したことからバファルに目を付けられてしまったため、彼共々保護して欲しいというものだった。
 「おいおい。それじゃ最初から、条寇は味方だったって事かよ?」
 「でも、僕を誘拐しようとしてたぞ!」
 アクイラのツッコミにも動じた様子はなく、ミザールの台詞にも驚かない。首将はうなずいて、しれっと答えた。
 「だって、俺がそうしろって言ったから」
 「はァ…」
 首将の計画は、こうだ。
 まず、条寇の女の子を使ってミザールをたらし込み、条寇へと連れて帰る。そうすれば、彼を取り返そうとして、上官二人を含むメンバーは条寇へ乗り込んでいく。そこへ、バファルがやってきて大暴れ。
 「そうすりゃあ、お前らが逆にバファルに対して大暴れってワケだ」
 「なんて大雑把な」
 「完璧な計画だろ?」
 どこがだ。
 各々が各自の心の中でツッコむ。
 「そりゃ、多少は違ったトコは出てきたけどさ。でも色々考えてたんだよ、これでも」
 コウが傷つけば必ずユナイは暴走する。少し乱暴な方法だが、もし人質などを取られた場合でも、錯乱状態にある人間はどうやっても止めることは出来ない。しかも、相手からしてみれば、次にどんな行動を取るか予測することも出来ないのだ。その上電撃付きなので、彼女自身の身の安全は確保できるというオマケ付だ。
 「ティナが周りの人間に対して不幸をバラ巻くというのも、アイワン船長からの報告があったから分かってたし」
 「…それなら」
 ぷるぷるとザーウィンの拳が震えた。
 「全部先に言え!!」
 「まあまあ」
 エディがやんわりと止める。
 「首将には首将の考えがあってのことじゃない。結局上手くいったんだしさ」
 「お前、さっき俺が同じコトしたら怒ったろ!!」
 「そうだったっけ?」
 実にわざとらしく、中佐は肩をすくめてみせた。
 「まあ、ともかく」
 怒りの矛先が自分に戻ってこないうちに、首将はニコッと笑って言った。
 「今回の件はこれで終わり。みんな良くやってくれた。特別ボーナス出しとくから、ね?」
 腑に落ちない顔をしているザーウィンと上官二人以外は、その言葉にぱあっと顔を輝かせる。人間、やっぱりソレが一番だ。
 「でも、私は」
 「だ〜か〜ら〜、記憶がなくても構わないんだから」
 三度口を挟もうとした中将をメッと叱る。
 「それじゃ、最後に…準備出来てる?」
 「OK」
 カンティ補佐官がうなずくと、首将は書類を置いて立ち上がった。
 「紹介しよう。このチームに新しいメンバーを入れる。入ってもらってくれ」
 「は〜い」
 のんきに答えて補佐官が扉を開く。
 ほんの2cm開いたところで、ミザールが、いや〜な顔をした。
 「僕はイヤだ!」
 「いきなり何だ?」
 「チームの中に女の子が少ないのはしょうがないけど…これ以上男が増えるのは」
 美しい眉間にタテジワが寄る。腕組みをしたまま明後日の方を向き、そのまま口ごもる。そして、ふと振り返り、恨みがましそうな目でザーウィンを見た。
 「アイツが来るんなら、僕、やめる」
 「おいちょっと待て!なんでそういう話になる!?」
 「はは〜ん」
 事情を察してアクイラがなんとも意地の悪い笑みを見せた。
 「イヤなんだよなぁ、自分より顔のキレイな男が来るのは」
 「何ィ?」
 タテジワが増えた。
 「この宇宙に!僕よりカッコいい男がいるはずないだろ!!」
 「じゃ、誰が来ても関係ないよな?」
 「僕は男が増えるのがイヤだって言ってるんだよ!」
 「それじゃコウ補佐官はどうなんだよ!?」
 にらみ合う二人。だが、そのおかげで、ドアが開く前から誰が来るのかすっかり分かってしまった。
 「あのぅ…」
 案の定、気の弱そうなか細い声が、二人のケンカの間をコソッと抜けて聞こえてきた。
 「いいよ、入って」
 「はい」
 紫色の髪の毛がおずおずと頭を下げて入ってくる。実に遠慮しまくりの、奥ゆかし過ぎる入って来方だ。ドアを開けたカンティ補佐官の後ろに隠れるようにして、ティナはぐるりと周りの様子を見回した。
 「あのぅ…」
 「身体検査の結果」
 カンティはそんなことまるで気にしちゃいないといった感じで報告書を読み上げる。
 「感染症なし、遺伝異常なし、海賊等による機械装置のインプラントなし、検査項目全て標準値におさまる健康体です。何一つ、問題ありません」
 「今の間に、連邦軍に入るための試験をちょこっと受けてもらったんだが」
 申し訳無さそうに縮こまるティナを見ながら、首将はみなに言った。
 「制限時間半分しかないのに、はっきり言って成績優秀。と言う訳で、今日から連邦所属。階級、少佐。よろしくな!」
 少佐といえば、ミザールと同じ階級である。
 当然、彼は叫んだ。
 「い〜や〜だ〜ッッ!!」

 まあ、たかだか少佐一人がそう言って暴れたところで、一ステーションの首将が下した決定が変わるわけでもない。嫌がるミザールを引きずりつつ、彼らは家に戻る事にした。
 その道すがら。
 ティナはひたすら恐縮していた。
 「本当にスミマセン」
 「なんで最初から謝るんです?」
 ザーウィンが尋ねると、彼は眉を寄せてザーウィンを見下ろした。
 「だって、多分、僕、みなさんにご迷惑をおかけすると思って」
 「不幸のこと?」
 「はい…」
 ティナはそう言って目を伏せる。男と分かってはいても、その仕草がまた妙に可愛くて微妙にドキドキする。
 「でも、条寇にいた間はあんまり害はなかったんでしょう」
 「いや、それが、結構それなりで」
 てへへ。愛らしく苦笑されても困るが、それよりもザーウィンが困惑するのは、自分の後頭部にやたらと突き刺さってくるミザールの視線だ。
 自分より顔のいいティナが相当に気に入らないらしい。振り返ってみると、すンごいジト目でこちらを見ていた。
 「掃除すれば道具は壊れるし、壁とかにもよく傷とかつけてしまってたし」
 そんな視線を気にすることなく、ティナは話を続けた。
 「お嬢様たちがよく女物の服を貸してくれたんですけど、よく破いたりして叱られました」
 「…それって」
 不幸というより、ただどんくさいだけなのでは?
 「?」
 「いや、いい」
 言いたい気持ちをぐっとこらえて、ザーウィンは愛想笑いを作った。
 「それよりも、これからの事なんだけど」
 「はい」
 ティナもにっこり微笑んだ。
 「カンティ補佐官からは、みなさんに連邦での将校の在り方は習わなくてもいいと聞きました」
 「そりゃそうだけど」
 またずいぶんな事を言ってくれる上官もあったものである。
 「これからどうするとかって、具体的なことは聞いてないんですか?」
 「ええ、一切」
 今回の任務は終わった。普段の彼らは何もする事がないので、表向きは謎のごくつぶし部隊として扱われる。その中で、一体何を学ばせようというのだろう。
 「なるようになるって。さすがですよね、コルト首将って」
 「そうでしょ、そうでしょ〜?」
 首将への褒め言葉に反応してシィクがずいっと割り込んできた。
 「あの、何考えてるかよく分からないところがいいのよねぇ〜」
 「シィクさん…それ、褒めてない…」
 「いいのよ!ボケてるようでも、ちゃ〜んと仕事出来るんだから!」
 彼女の瞳はキラキラしている。
 「そういうトコロが最ッ高に素敵なのよね…」
 「そうですねー」
 褒めてんだかケナしてんだか分からないシィクの言葉に、ティナはもっともらしくうなずく。ザーウィンが頭を抱えた。
 「言っときますけど、あいつ、ホントはただのスットコドッコイですよ」
 「ザーウィンは黙ってて!」
 キッパリ!
 人差し指まで突きつけられてはそれ以上言う事も出来ない。士官学校からの長い付き合いをしてきた彼には、色々と首将に関して言いたい事もあるが、いつも誰も聞いちゃくれやしないのだ。
 「コルト首将は、誰が何と言おうとカッコいいんだから!」
 「…はいはい、分かりましたよ」
 ザーウィンはとぼとぼと、シィクはとっても楽しそうに。
 そして、相変わらずジト目の直らないミザール。その後ろを、やや遠慮がちに二人の上官がついて行く。ニーナはエディの肩にちょこんと乗っかって、アクイラと三人、ボーナスでどこに遊びに行くかの算段をしている最中だ。
 やがて、彼らの小ぢんまりとした二階建ての家が見えてきた。
 作り付けだが、美しく晴れ渡った青い空。なだらかに広がる草原のはるか向うに、味気なく無骨な格好の軍事基地が見えている。
 退屈な日常があってこそ、非日常は楽しいのだ。
 ほら、あんな風に、天井から船の舳先がのぞいていても。
 …って、あれ?


続く?

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