紫翼の天使
序章 〜 少年 〜


 領主は悩んでいた。領主には二人の息子があり、後継ぎとなるのがどちらかを決めねばならない時期になっていた。不治の病にかかったと司祭に宣告されてから数年、体力の衰えは著しく、もはやベッドから起き上がることも出来ない。世代交代はすでに時間の問題だった。
 領主は私室に側近を呼び付けて、意見を聞くことにした。
 「お前なら…どちらを選ぶ?」
 兄ヒックスは十五歳。少々粗暴なところはあるが、明るく率直で、武術や馬術に長けている。その分学問は苦手だが、まるで出来ないということはない。
 弟ヘンドリクセンはまだ十歳。年の割りには落ち着いていて、武術もたしなむが学問も真面目にこなす少年である。特にここ三年というもの、誰が教えたということもないのに魔法の腕をめきめきと上昇させて周りを驚かせていた。
 「私なら、やはり、ヘンドリクセンさまかと。文武両道でいらっしゃるし、何より、威厳というものを持っていらっしゃるかと」
 「ふむ…そうか。そうだろうな」
 領主も天蓋を見ながら息を吐いた。
 「下の連中には、ヒックスの方が受けが良いみたいだが、あれは剣術に長けているからだろうな」
 「そうでしょうな。ヒックスさまは、戦には向いておりましても、政治をなさるには少々短気すぎるのではないかと…」
 「…そうだな」
 領主は深くうなずき、そして側近に顔を向けた。
 「では、その方向で頼む」
 「はい」
 「来週はじめに正式にみなに知らせることにする。それと、それまでに、ヘンドリクセンには伝えておいてくれ」
 側近は頭を下げ、立ち上がった。
 疲れたようにため息をつき、ベッドに沈み込む領主を見ながら、老人は静かに部屋を退出した。
 廊下に出ると、ヒックスが腕組みをして立っていた。
 「父上と何の話をしていた、じい」
 「それは申し上げられません、坊ちゃま」
 老人は微笑んだ。だが、少年は彼をにらみつけ、命令口調で言った。
 「教えろ。領主位継承のことについてだろう。どっちになったんだ?」
 「申し上げられません」
 すると、彼は側近の胸ぐらをつかんだ。
 「何故だ。俺は息子だぞ、その命令が聞けないのか!」
 「お館さまのご命令の方が優先です。どうぞ、お怒りをおさめて下さいませ」
 「ふん!」
 ヒックスは突然手を放した。よろめく老人を見下ろして、吐き捨てるように言った。
 「どうせ、ヘンドリクセンだろう!父上の考えなどお見通しだ。あんなひ弱な奴のどこがいいんだ」
 側近は黙ってそれを聞いていたが、やがてぽつりと言った。
 「そんなにおっしゃるのなら、直接お館さまに聞いてご覧になったらいかがです?」
 「それもいいかもな」
 ヒックスは笑った。
 「そして、実の父親から、お前は不要な子だと言われるんだ。ただの貴族に格下げだとな」
 「殿下!」
 「そうだろう!」
 きっぱりと言い切った彼に、側近は返す言葉がなかった。そっと頭を下げ、きびすを返した。
 「…失礼させて頂きます」
 「じい」
 ヒックスは去っていく背中に声をかけた。だが、振り向かない老人に、ふと笑みを見せた。
 「父上の思い通りにはさせない…させるものか」

 数人の伴を連れて遠乗りに出掛けたヘンドリクセンが戻らない、という知らせが領主に届いたのは、その日の夕刻だった。
 側近の老人は領主のベッドの傍に膝をついた。
 「申し訳ございません、まさか、こんなことになろうとは…」
 「よい。お前のせいではない」
 領主は部下をなぐさめたものの、すぐに厳しい顔に戻った。
 「やはり、さらわれたのだろうな」
 「はい」
 「何者がやったと思う?」
 その質問に、側近はうつむいた。
 「それは…」
 そのまま老人は口ごもる。二人の考えは一致しているようだった。
 「ヒックスを呼べ」
 「もう参っております」
 私室の扉は開け放たれ、息子は腕組みをして扉に寄り掛かっていた。
 「父上。よもや、この俺をお疑いで?」
 「理由がないとは言わせぬぞ」
 ヒックスは返事をせず、じっと父領主をにらんだ。
 「次の領主にヘンドリクセンを選んだのがそんなに納得ゆかぬか」
 「ああ」
 少年は答えた。
 「俺の方が体力も、剣の腕も、臣下の忠誠だってある。それなのに、どうしてアレが領主なのですか?説明してください」
 「お前のその傲慢なところがいかんのだ」
 領主は半身を起こした。
 「もう少し、謙虚であれば」
 「分かっています。ヘンドリクセンが昔のままのあいつなら、俺だって文句は言わなかった」
 ヒックスの言葉に、領主と側近は首を傾げた。
 「昔のまま…?」
 「まさか、ヘンドリクセンさまが魔法を使えるようになられたのがお気に召さないとでも?」
 「違う。お前、気が付かなかったのか」
 少年はゆっくりと歩いて父のすぐ傍に立った。
 「三年前のあの日から、ヘンドリクセンは変わってしまったんです。父上もご存じでしょう、あの事故のことは」
 「知っているが…無事に帰ってきたではないか」
 「いいえ。俺は、本当のヘンドリクセンは帰ってきてないと思う」
 椅子にどっかりと腰を降ろし、ヒックスは話し始めた。

 三年前、十二歳の兄と七歳の弟は、連れ立って館の中庭で遊んでいた。中庭には大きな噴水があり、色の美しい珍しい魚が泳がせてあった。
 事故は突然起こった。
 楽しそうに噴水の縁を歩いていたヘンドリクセンが何の前触れもなく足を滑らせ、水の中に落ちてしまったのだ。
 どんどん沈んでいく弟を見て、ヒックスは悲鳴をあげた。あらん限りの大きな声で、助けを求めて人を呼んだ。
 「誰か!誰か来てーっ!」
 だが、不幸なことに、周りに大人の姿は見当らなかった。遠くの窓に見える人影も、ヒックスがじゃれて手を振っているようにしか見えないのか、笑って手を振り返すばかり。結局水中から助け出された時には、幼い弟の呼吸はすでに止まっていた。
 「ヘンドリクセン!死んじゃ嫌だーっ!」
 冷たくなり、全く動かなくなってしまった弟を抱き締めて泣き叫ぶヒックス。駆け付けた領主も顔色を変えた。
 「すぐに司祭を…いや、大司教様だ!大司教様を呼べ!」
 その時、ちょうど旅の途中にあった都の大司教が館に逗留していたのは、まさに幸運としか言いようがなかった。すぐに大司教が呼ばれ、甦生の儀式が執り行われた。
 ほぼ間違いなく死にかけていた子供は、長い昏睡の末、なんとか意識を取り戻した。
 「良かった…ヘンドリクセン、生き返ったんだね!」
 ヒックスはいつもの通り、弟を抱き締めてほほをすり寄せた。
 一瞬、ヘンドリクセンの体がぴくりと硬直した。
 「…?ヘンドリクセン?」
 「あ…いや、ううん…」
 弟は額に手を当て、妙に大人びた仕草で首を振った。
 「大丈夫…」
 ヒックスは身を引いた。それは、本能にも近いものだった。今までずっと一緒にいた小さな人間が、何か違う生き物になってしまったことを悟ったのだ。
 「…そう、か…?」
 うなだれた兄の肩に、大司教がぽん、と手を置いた。
 「どうなさいました?」
 「大司教様…」
 若くて優しそうな顔をした男は、ヒックスの肩を抱き、部屋を出ようと促した。
 「弟君は、反魂の術を行なったばかり。しかも幼くていらっしゃる。おそらく、自分に何が起こったのか分からなくて、混乱していらっしゃるのでしょう」
 「そんなものなのですか?」
 「ええ。今は、そっとしておいて差し上げる方がよろしいかと。後からゆっくりと説明して差し上げればいいでしょう」
 兄はうなずいた。
 だが、それからというもの、弟に感じる違和感は増えることはあっても消えることはなかった。兄にじゃれついて遊ぶことも、侍女のお尻に抱き付いて怒られることもなくなった。弓の腕は驚くほど急に上達し、剣は急に下手になった。暇さえあれば嫌いだった本を山のように呼んで、いつのまにか、魔法が使えるようになっていた。
 「お前は…一体誰だ?」
 ある日尋ねたヒックスに、ヘンドリクセンは笑って答えた。
 「ヘンドリクセンだよ」
 「本当は違うだろう」
 「どうしてそんなこと言うのさ」
 弟は読みかけの本を閉じ、立ち上がって兄を見上げた。
 「お前はヘンドリクセンだと教えてくれたのは兄上だろう?それなのに、何を今更」
 じっと見つめたその目は、子供の目ではなかった。ヒックスの方が背が高いはずなのに、どこか高い場所から見下ろされているのはヒックスの方だ。
 兄はその日から弟に構わなくなった。
 そう――彼の愛しい弟は、あの時に死んでしまったのだ。

 「では、お前は、あれはヘンドリクセンではなくて、誰か別の人間だというのだな?」
 「そうです」
 父の質問に、ヒックスは真剣な面持ちでうなずいた。
 「こんなこと言いたくはないけど…大司教様は、もしかして、反魂の儀式に失敗したのでは」
 「何だと?」
 「別人の魂が入っているのかも…しれない」
 領主は顎に手を当て、考え込んだ。善政をしくよい領主は、しかしあまりよい父ではなかった。政に没頭しすぎて、あまり子供達のそばにはいてやれなかった。そのツケが、今になって回ってきたのだろうかと、彼は考えていた。子供達の変化にまるで気が付いていなかったとは。
 「それで、今ヘンドリクセンはどこにいるのだ」
 やっとのことで領主は顔を上げ、息子を見つめた。
 「ヒックスよ、お前がどこかに閉じ込めたか?」
 「…申し訳ありません」
 ヒックスは床に膝をついた。かすかな音に気が付いて側近が覗き込むと、彼は泣いていた。
 「もう、生きてはいないかと」
 「何と」
 「どこの馬の骨とも解らぬ人間に、領主の地位を継がせるわけには参りません。それならば…俺の、この手で」
 老人はそっとヒックスの肩を抱いた。立ち上がらせて椅子に座らせても、少年はただうつむいて泣いているばかりだった。
 「本当は…ヘンドリクセンだったかもしれない…でも、俺は、もう」
 「泣くな」
 父親の言葉は優しかった。
 「お前の心はよく分かった。だが、少し性急すぎたな」
 「…はい」
 領主と側近はそっと目くばせしあい、うなずきあった。
 「しばらくの間、謹慎を申し付ける。処分をどうするかは考えておく。よく反省しておくように」
 「…仰せのままに」
 ヒックスは深く深く頭を下げた。
 が、その時、側近の老人が小さな声を上げた。
 「あ…あなたは」
 ぼろぼろになった服、乱れた髪の毛。だが、小柄なその姿を見間違えるはずもない。
 彼は言った。
 「父上。兄上の処分、しばしお待ちください」
 「生きておったのか」
 領主の驚いたような声に、ヒックスも顔を上げた。
 ヘンドリクセンは、再び死の淵から戻ってきたのだ。

 ヒックスは恐怖に震えていた。
 「どうして…どうして、戻ってこれたのだ」
 「彼らには悪いと思いましたが、僕にもやらねばならない事があります」
 ヘンドリクセンは兄を見上げ、答えた。
 「少しやり過ぎたかもしれません…もし、再起不能になった者がいたら、お詫び申し上げます」
 「…再起不能!」
 兄は悲鳴にも似た声を上げた。
 「俺の親衛隊をか!?」
 弟はうなずいて片膝をついた。
 「申し訳ございません」
 その頭の上で、領主と老人は顔を見合わせていた。
 ヒックスに与えていた親衛隊は、精鋭十人ほどで構成されていた。それを、一体どうやって、たった一人武器も持たずに倒してきたというのか。
 「魔法か」
 「はい」
 父の問いに、息子は素直に答えた。
 「馬鹿な!お前は鎖でつないでおいたし、口だって塞いでいたはず。どうやって魔法をかけたというんだ!」
 「兄上…高位の術者は、精神を研ぎすますだけで、魔法を行使することも出来るのですよ。彼ら程度では、僕を殺すことは出来ません」
 ヒックスは息を飲んだ。
 「どうして…お前は」
 「兄上。いや…もう、気付いているのだったな」
 ヘンドリクセンは足元を見た。
 そして再び顔を上げた時、そこには同じ姿をした別の人間がいた。
 少年の顔から、はるか永い時を生きてきた、老いた表情に変わっていた。生きることにすら疲れたような顔つき。何もかもを見飽きたような深い闇をたたえた瞳。
 「私は確かに、ヘンドリクセンではない。君の言うとおり、あの時、大司教の術によってこの肉体に宿った魂は、君の弟君のものではなかった」
 この場で一番年老いているはずの側近も、その男の魂が刻んできた年月の重みに気が付いていた。誰も何も口にせず、ただ黙って年老いた少年の言葉を聞いていた。
 「お主らには申し訳なく思っている。本来なら、すぐに弟君に体を返すべきだった。だが、私にはどうしてもやらねばならない事がある」
 「やらなければならないこと…?」
 「復讐だ」
 少年の顔つきはころころと変化していた。子供から老人へ、そして、復讐、と言った時は、りりしい青年の顔をしていた。
 「お主ら、光の女神を欺く者を許せるか?」
 ヘンドリクセンはゆっくりと三人を見回して、尋ねた。
 「それは、どういうことだね?」
 「女神に仕える者が、裏で魔界の手の者と取り引きをしていたら」
 「そんな…馬鹿な」
 「それが本当なら、許せるはずがない!」
 呆然とつぶやく領主。ヒックスは、叫んだ。
 「そんな奴がいるのか!」
 「ああ。私に、この肉体を与えた者がそうだ」
 三人は、息を飲み込んだ。
 「私は魔族なのだ。魔族であるが故に、聖職者たるあの男に狩られた。だが、魔族であるが故に、私の魂は死への旅路を辿ることはない。新しい入れ物を探してさまよっていた」
 普通ならば、死霊術師――ネクロマンサーたる彼は、知識と記憶はそのままに、新しい赤ん坊として生まれ変わる。
 だが、丁度そこに、仮死状態になったヘンドリクセンの肉体があった。
 自分が死んだと思い込んでしまったのか、幼いヘンドリクセンの魂は、自ら深い闇の底に沈んでしまっていた。
 「だが、大司教の甦生の儀式によって、その辺をうろついていた死に切れぬ者たちの魂までも、呼び寄せられてしまった」
 冷たい死の腕から逃れようともがく低俗な魂たち。生き返るためにうってつけの、空っぽの体。眠り続けるヘンドリクセンの魂を押しのけて、それらが入り込もうとしていた。
 「だから、私はしばしこの肉体に住まうことにした。これはこの子が目覚めるまでの間、彼の魂と肉体を守ることでもあるのだ」
 一刻も早くあの男を倒すためには、新しい肉体が成長するのを待っている時間はない。いくら彼が高位の術者とはいえ、満足に歩く事も出来ないほどに幼い体では、さすがにどうしようもないからだ。
 ヒックスは頭を抱えた。
 「申し訳ないと思ってはいるが、こうするより方法がなかった」
 「そんな…」
 領主も言葉を失っていた。だが、ヘンドリクセンに宿った魂は、さらに続けた。
 「それに、あの男の所業は大司教として恥ずべきものなのだ。大体、私と私の仲間を狩った動機からして、女神に仕える者にはふさわしくないものだっただからな」
 三人は呆然と、彼の話を聞いた。
 信じられない話。しかし、話の辻褄はあっている。
 「誰が信じるのだ、そんな話を…」
 老人がうめくように言った。
 「お主らは信じてくれた。だから、黙って聞いてくれたのではないか?」
 「そうだ…確かにそうだが」
 領主は言った。
 「それで、お前は我々に何をしろというのだ」
 「私の復讐が終わるまで、この体をもう少しだけ、貸して頂きたい」
 ヘンドリクセンはにこやかに笑った。
 「礼はする。まず、領主殿」
 小さな手が、領主の手を握った。
 「お主の病、早速だがこの私が癒して差し上げる」
 「何だって?」
 ヒックスが弟の体に手をかけた。
 「父上の病を治せるだと?お前は、魔物なのに?」
 「たかだか十数年しか生きていないような術者と一緒にされては困るぞ」
 少年は大人びた笑顔を見せた。その表情が一瞬の後には真剣な顔になり、唇がかすかに動いて呪文の詠唱を始めた。
 未だかつて聞いたことのない、不思議な抑揚の言葉が静かに辺りに満ちていく。年老いた側近の表情も不思議と和らいだ。
 「これは…何とも心の休まる…光、それも月の光のような魔法ですな」
 「そうだな」
 ヒックスもうなずいた。
 見れば、父親の顔色はさきほどと比べてかなり良くなっている。痩せてやつれたのはすぐには治らないが、頬は明らかに赤らんできていた。
 「さあ、これで、大丈夫」
 ヘンドリクセンは額の汗を拭った。
 「あとは美味いものでも食べて、養生すればよい。半年もすれば、馬に乗って狩りにも出られるようになる。死ぬのはまだまだ先のことになろう」
 「…ありがたい。体中が重かったのが、嘘のようだ」
 領主はベッドの上に座り込んだ。骨張った両手を何度も閉じたり開いたりして、元気になった体の調子を確かめる。
 「父上、本当に…?」
 「信じられぬが、本当のようだ…体の底から気力が満ち溢れて来るようだ…」
 「…ヘンドリクセン」
 ヒックスは弟の手を握った。
 「いや、本当は違うんだったな。名前は何という?」
 「オズボーンだ」
 「オズボーン」
 力を込めて、彼は魔物の手を握った。
 「よくぞ、父上を癒してくれた。感謝する。お前、本当に魔族なのか?こんなに優しいのに」
 「私は優しくなどない」
 オズボーンはにこりともせずに答えた。
 「世話になった者には相応のことをして返すだけ。それだけの事だ」
 「だが、ずっと俺の弟になっていてくれたではないか。お前ほどの魔力があれば、この地を乗っ取るのも一瞬で出来たはずなのに」
 「…そうしておけば良かったか?まあ、その方が簡単だったかもしれんが」
 ふと、彼が子供の顔になって笑った。
 「この子の魂が目覚めた時に帰る場所を奪うのは、本意ではない」

 そして、ヘンドリクセン――いや、死霊術師オズボーンは城を出ていった。
 父と息子は、見送らぬようきつく言われていたにも関わらず、バルコニーに並んで立ち、そっと城門を出ていく魔族を見守った。
 老人のように少し丸められた小さな背中は、何もかもを拒絶しているように見えた。だが、頭は真っ直ぐ前を見てゆらぐことはない。
 彼は二人に誓った。
 復讐が終わった暁には、この体を返すと。
 彼の力でもって、今度こそ本当のヘンドリクセンの魂を呼び醒まし、完全に甦らせると。
 「その時、お前の魂はどこに行くのだ?」
 「さあ」
 オズボーンは笑った。
 「私の魂は、転生を繰り返す。どこぞの赤ん坊として生まれ変わるだろうが、それを知ってどうする?」
 深い知識と強力な魔法。これほど優秀な人材はそうそういるものではない。
 「私たちの事を忘れるわけではないのだろう?それなら…私たちのもとへ、もう一度来てくれないか」
 しかし、領主の要請をあっさりと断り、彼は首を振った。
 「私は自分の帰る場所を取り戻すために行くのだ。それは、ここではない…悪いな」
 小さな姿が、やがて町並みに溶けるように消えていく。
 二度と、会うことはないだろう。
 そう、言っているようだった。


序章〜少年・終

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