第一章 その1『素敵な招待状』
朝来てみると、きれいに磨き上げられたローズウッドのデスクの上に、一通の手紙が置いてあった。宇宙ステーション、アリストテレスの最高軍事責任者であるデイル・コルト首将はそれを取り上げ、裏返して差出人の名を見た。
イズイラム星領主、ヴァーチュ・レクマイヤとあった。
「…誰?」
覚えのない名前だった。一生懸命首をひねり、一生懸命頭を働かせてみたが、どうにもこうにも思い出せない。
「ん〜…知り合いじゃ、ないなー」
結論。そんな時は、補佐官に任せるに限る。
「カンティ!カンティはいるかー!」
「はいは〜い」
部屋のドアが開いて人懐っこい顔の青年が顔を出した。
「どうしました?」
「これを読んでくれ」
そういってデイルは封筒を投げてよこした。首将補佐官であるカンティはそれを受け取り、一瞥して答えた。
「共通語で書いてあるけど…もしかして、読めないんですか?」
「ンな訳あるか!!」
バン!!
重いテーブルを思いっきり両手で叩いて、実は掌が痛くて、でもそれを我慢して何もなかったかのような振りをするデイル首将の様子を一通り確認した後、カンティは改めて封筒の裏を返して差出人の名前を確かめた。
「イズイラム?」
「お前、それ、どこか分かるか?」
「えー、まー、一応」
器用な指で封筒の縁を丁寧に破りながら、補佐官は簡単に説明した。
「ここから結構近い、小規模な惑星で、メイン産業は観光と娯楽。一応、ウチの連邦の所属だったんだけど、最近ちょっと何かアレらしいって噂」
「なんだよ、アレって」
「一国の主なら、分かってなさい」
そう言い捨てて、カンティは封筒の中身を取り出した。
謎のチケットが6枚と、今時ご丁寧に、手書きの文字が書き込まれた便箋が入っていた。チケットは一旦封筒にしまい、便箋を広げる。ざっと目を通し、それから彼は声に出して手紙を読み始めた。
「親愛なるデイル・ランドルフ・コルト首将へ」
「俺はちっとも知らん。何が親愛だ」
「いいから黙って聞きなさい」
不必要なツッコミは却下。と言う訳で、カンティ補佐官は、再び手紙に視線を落とした。
「親愛なる、デイル・ランドルフ・コルト首将へ。
唐突ではありますが、この度、我が惑星イズイラムは、アルテミス連邦より独立を宣言することに致しました」
「何ィィ〜ッッ!?」
思わず叫ぶ首将。補佐官の目が、キラリと光った。
「いいから黙って」
目にも止まらぬ素早さで、手紙をたたんだかと思うと。
「聞けっつっとるだろうがこのバカ上司!!」
チケット入りの封筒が、見事デイルの額のど真ん中に突き刺さっていた。
親愛なる、デイル・ランドルフ・コルト首将へ。
唐突ではありますが、この度、我が惑星イズイラムは、アルテミス連邦より独立を宣言することに致しました。
僭越ながら、我が星には十分な資金、資源、自治能力、そして軍事力を保有しております。連邦のやや過保護すぎるほどの庇護はもう必要ないのです。
賢明にして、アルテミス随一の智将と名高いコルト首将であれば、我々の立場をきっとご理解していただけると信じております。つきましては、独立記念式典にご出席いただきたいと存じ、ご招待させていただきます。
ただ、いきなりご招待と申しましても、どんな場所かもあまりご存じない場所へおいでいただくのは如何なものかと思いまして、まずはアリストテレスの将校様方をご招待致したいと思います。
特別便のチケットを6名分、同封させて頂いております。この手紙が着いた翌日、特別便が寄港する予定になっておりますので、そちらにご搭乗ください。
是非とも、我が惑星イズイラムがどんなに素晴らしい星か、その目でしかとご覧くださいませ。
――イズイラム領主 ヴァーチュ・レクマイヤ
「要はアレだろ、アレ」
面倒くさそうに封筒を振り回しながら、デイル首将は言った。
「税金払うのがイヤになったんだろ?」
「イズイラムは規模の割りに儲かる星ですからね。そう考えても無理はありません」
カンティ補佐官は手紙を折り目通りにきっちりとたたみ直し、デスクに乗せて返す。それを無造作に封筒に突っ込む首将。
「しかし、いつの間に軍事力をね」
「厄介ですね」
連邦の体面だの、懐事情などはどうでもいい。自治独立するのだって、はっきり言ってどうでもいい。
が、豊富な資金と軍事力を持った惑星が、もし敵対勢力に回るとなると、それは少し面倒なことになる。ましてや、それを警告する文書がデイルの元に届いた以上、放置すれば彼の責任が問われることになるかも知れない。
「上へ連絡しますか?」
「いや、少し待て」
上層部はおそらくこの件をまだ認識していないはずだった。知っていればそれなりの通達が来て、それなりの対処が講じられているはずだ。
その連絡が何もないということは、この手紙は、ここにだけ届けられた可能性が高かった。
となると、自分の権限一つで、どうとでもしていいということだ。
「あいつらを出せ」
かなり自分勝手にそう解釈したデイル・ランドルフ・コルトは、ニヤリと笑ってそう言った。
「やらせますか?」
「当然」
楽しいオモチャでももらったような、無邪気かつ、底意地の悪い顔だった。
ふっくらとエンボス加工のしてある上質な紙に、金の箔押し。見るからにゴージャスな作りのチケットを手渡され、彼らは悲喜こもごもの顔を見せた。
「カジノがあるっつったな?」
アクイラは、非常に嬉しげに笑った。
「ええ。お小遣いは、それなりに出してくれるそうですよ」
直属の上官であるベル・フェン・ホール・ユナイ中将は、にっこり微笑んで答えた。
「任務は惑星施設の視察なので、カジノも対象に入りますからね。ま、遊んで来るのも仕事のうち、って事になりますかねぇ」
「いやー、ユナイ中将は、ホントに話の分かる上官で嬉しいぜぇ」
黒髪の好青年である中将…の肩は叩かずに、その傍らに所在なさそうに立っている補佐官の方の肩をバシバシ叩きながら、アクイラはすっかり上機嫌である。
「バッチリ儲けて来てやるからなー!そうしたら、ヴァンケッツォを借り切って、大宴会しようぜ?な?」
ヴァンケッツォというのは、アリストテレスでは五本の指に入る高級レストランで、非常に美味い酒を出すと評判の店である。ただ、格式も高くてノージャケット、ノーネクタイでは入れない。したがって、アクイラはまだ入れてもらったことがないのであった。
「貸切にしても服がないとやっぱり入れてもらえないんじゃ…」
「うるさいわッ!」
ツッコみかけたミザールを吹き飛ばしながらも、ニコニコしたまんまのアクイラは置いといて。
エディとニーナは、そこはかとなく不安げな顔をしていた。
理性的な思考回路と、野生の勘が、どうやら同じ結論を導き出したようだった。
「どうしました、二人とも?」
ザーウィンが尋ねると、長身の青年と小柄な少女は互いの顔を見合わせて、それから思いっきり不審そうな顔つきでザーウィンを見た。
「なぁ…何かこの話、裏がないか?」
「裏って」
ザーウィンは腕を組み、首を傾げる。
「コルト首将が持ってくる話に、裏がないわけは……ないでしょうねぇ」
遊んで帰って来るだけだなんて、最初ッからあまりにオイシすぎるのだ。ザーウィンは同意を求めて振り返った。
「ねぇ、シィクさん…」
「ねぇッ、大佐!?」
すぐ傍にいた彼女の目は、やたらキラキラしていた。
「娯楽の殿堂なんでしょお?そしたら、競馬場もあるかしらーッ!?」
しまった。
ザーウィンは、うんとイヤな顔をした。
ここにもギャンブル大好きがいたのであった。
「まぁとにかく、行ってくれるそうですよ」
ユナイ中将の報告を受けて、にんまりとコルト首将は笑った。
「よし。じゃ、お前らは、いつでも追いかけられるように準備しといてくれ」
「了解しました」
うーん、物分りのいい部下を持つと、なんて楽チン。
首将は満足げにうなずいたが、その直後、大切なことに気が付いてにわかに青くなった。
しまった。
シィクさんが旅行に行っちゃうと、しばらくあの美味しいご飯が食べられない…!
ショッキングな事実であった。