FLY ROUND


第一章 その2『バカンス!』

 澄み切った青い海、どこまでも続く青い空、光まぶしい白い砂。
 そして、可愛い水着の女の子たち!
 ミザールはシアワセだった。
 何しろ、黙って寝そべっているだけで、次から次へと女の子の方から寄って来てくれるのだ。ジュースやアイスクリームや焼きそばや焼きもろこしなんかを手に持って、何とか彼にお近づきになりたいといった様子で、周りをウロウロしている。サングラスをちょっと外したらキャー、手を振ったらキャーなのだ!
 別に、今の軍隊生活がイヤな訳ではない。
 しかし!圧倒的に、彼には女の子が足りないのだッ!
 そりゃ、美人で料理の上手なシィクや、可愛くて活発なニーナがいつも一緒にいると言えば、いる。しかし、どうやら彼女たちにはそれぞれ想い人がいる様子で、最初ッからミザールのことなんか相手にしちゃくれやしないのである。
 だから、ミザールはシアワセだった。
 さて。
 取り囲まれているのもイイけれど、そろそろ夜にホテルのラウンジに誘う相手を決めなければ。
 ミザールは身体を起こし、サングラスを外した。
 一際大きな歓声が上がる。
 「キャーッ!」
 「イヤーッ!!」
 何もそこまで騒がなくとも…。
 「サメが出たぞー!!」
 「みんな上がって、浜に上がってくださいー!!」
 なんか、違う方で盛り上がってきたみたいであった。

 エディの出身地である惑星リアンは、水の星である。
 ザーウィンやコルト首将の出身地である地球も、そりゃ確かに水の星と呼ばれてはいるが、何といっても水の占める比率が違う。惑星の表面積の実に15分の14が水に覆われた、ホンモノの水の惑星なのである。
 だから、純血のリアン人は異様に水中生活に適応している。
 水中で出くわしたサメと素手で格闘し、あっさりと戦闘に勝利し、負かした相手を頭に担いで水面に顔を出す。そこでエディは、浜が大変な騒ぎになっているのを見つけた。
 「人だー!」
 「サメに食われてるぞー!」
 あー、何か間違われてる。
 仕方がないので、サメを持ったまま彼は再び水中に潜った。そのまま待つこと、15分。
 息を飲んで見守っていた人たちは、青年は間違いなくサメに食われたと思っただろう。
 だが、普通の人間ならとっくに溺れ死んでいる時間を過ぎて、エディはおもむろに浅瀬から立ち上がった。片手にはやっつけたサメを、今度はそれと分かるように尻尾を持ってぶら下げて、みんなによく分かるように見せつける。
 ざぶざぶと波を切って上がってくるエディの姿に、まわりにいた人たちは呆然と口を開けた。
 「あー、大丈夫です。サメなら退治しましたから」
 注目を浴びながら彼は笑ってそう答えた。
 「みなさん、泳いでもらっても大丈夫ですよ」
 わあっと歓声が上がる。監視員や海浜パトロール隊たちが口々に礼を言う。
 もうピクリともしないサメの姿に、恐れをなしていた女の子たちも近づいてきた。いまや、この浜辺で一番モテモテなのはエディだ。
 ミザールは不幸せだった。

 「さーあ、勝つわよー」
 人でいっぱいの競馬場。アクイラから渡された謎のメモ片手に、シィクは本日のレースの馬券を買いまくった。
 どこでどのようにして入手したのかは謎だが、彼女のメモにはここ最近のレースの結果と馬の調子、騎手の傾向、あげくのはてには調教師の名前までキッチリと調べ上げられた特製の秘密データが記されているのだ。たぶん、合法的に手に入れたものではないのだろうが、そんなこと構っちゃいられないのである。とにかく、勝たなきゃ楽しくないのである。
 最初のレースはダートコース、電撃の6ハロン。アクイラのデータは、本命を外して対抗が来るとある。予想通りの番号を買って、シィクはドキドキ気分で席についた。
 こんなにドキドキするのなんて、初めてカレに会った時以来だろうか。
 なーんて夢見る乙女みたいなことを考えている間に、出走の時刻が迫る。
 白い頬をわずかに上気させ、ローズピンクの口紅を引いた形のいい唇をきゅっと引き結ぶ。青みがかった、サラサラのプラチナブロンドが観衆の熱気にゆらゆら揺れる。コースを見つめる青い瞳は切なげに揺れて潤み、胸の前で握り締められた両の手が、まるで祈りを捧げているかのような気高さを演出する。
 馬に夢中の周囲の人たちが、一瞬見惚れるほどに美しく、艶っぽい表情。
 だが、次の瞬間。
 「い――ッッけぇ――ッッッ!!!」
 お上品な外見をブチ壊す、激しいシャウトがこだました。

 「ダ…ダブルアップ、ですか、お客様」
 「ああ」
 その頃、アクイラはカジノで稼ぎまくっていた。スロット4台からメダルを全部吐かせ、ルーレットのディーラーを一人再起不能にして、現在はポーカーのディーラーをイジメ中だ。
 あまりに大量にメダルを獲得したため、専属のバニーガールが二人左右に付けられて、必死でメダルを数えている。
 「ああ。こっちのカードで、ビッグだ。さ、早くめくれ」
 カードを指定されたディーラーの手が震えた。それもそのはず、アクイラが持っているメダルはすでに、この店の半分を超えている。これを取られたらおしまいだ。
 「どうした?早くしろってば」
 「は、はい…」
 ディーラーの手がカードにかかった。ずり落ちそうになる眼鏡を直しながら、アクイラはじっとその様子を見つめている。
 …眼鏡?
 言っておくが、アクイラの視力はまったく悪くない。しかし、眼鏡を直したアクイラは、どこか微妙に焦点のずれた目付きで何かを見ていた。
 そう。これは、イカサマ道具なのだ。事前にディーラーの背後に超小型カメラを設置して、その映像を眼鏡のスクリーンに映し出したものを見ているのだ。周りから見たら、ただの眼鏡のお兄ちゃんに見えるが、実はロクなものではないのだ。
 ふっふっふっ。これで、俺も一軒カジノを潰せる。
 ゆっくりとカードがめくられるのを、アクイラはほくそえみながら見つめた。
 一度やってみたかったんだよなー、こーゆーの。
 この後はオーナーが出てきて、お客様、別室へ、とか言われるパターンになるはずだ。ディーラーの手元に、ギャラリーの視線が集まる。
 「こ、これは」
 ディーラーが驚いたようにつぶやき、そして勝ち誇ったように笑った。
 「スモールでございます、お客様」
 「なにー!?」
 ばん、とテーブルを叩いてアクイラは立ち上がった。
 「そんなワケねー!この俺が、カードを見間違うはずがねぇーッ!」
 不躾に手を伸ばして、伏せられた残りのカードに手をかけようとする。それを、ディーラーが拳銃を抜いて止めた。
 「お客様ッ!それ以上、動かれませんよう」
 穏やかな表情のディーラーが、一転して低くドスの効いた声を出す。
 「イカサマ…とおっしゃるなら、お互い様なのでは?」
 「ぬわにぃー?」
 アクイラの眉間をピッタリ狙う、冷たい銃口。
 だが、もちろん、この男をそんなモンで止められる訳がない。
 「やかましいわ――ッッ!!」
 彼も、お得意の拳を出した。
 十数分後、この小規模なカジノは、別の意味で潰れることになる…。

 木々の間を抜ける優しい風、近く遠くで響く小鳥のさえずり、緑の香り。
 うまい具合に、彼女と二人きりで抜け出せたと思った。男として、心に色んな野望が渦巻いてしまう年頃だ。もうすぐ25歳になるのだ。だのに、なぜ。
 ザーウィンは、道に迷っていた。
 ホテルから続く美しい森の中の散歩道。他のメンツがどこかへ勝手に行ってしまったので、これ幸いとニーナを連れ出したのは良かったが、生憎彼女は、ロマンチストではなかった。
 小道を横切るウサギを見つけた次の瞬間、獲物を見つけた野生の肉食獣さながらの勢いで木立の中へすっ飛んで消えてしまったのである。さすがは、サバンナ生まれの野生児。可愛いとか、抱きしめたいとか、そういう考えには至らないのであろう。
 「ニーナさん!それは、食べ物じゃありませんよ!」
 叫んだ声は虚しく木々の間にこだまして、ザーウィンは一人立ち尽くした。いつもは自然の少ない場所で暮らしているから、森の中は楽しかろうと思ったのが、どうやら間違いだったらしい。
 ああ、だったら最初から、市場の屋台に誘った方が良かったのだろうか?エディやミザールと一緒に、海へ行って魚でも捕ってた方が良かったのだろうか?
 考えたって今更始まらないのであるが、とりあえず、彼女を探すためにザーウィンは散歩コースを外れて森の中へ踏み込んだ。そして、下草に引っかかって転んで眼鏡を飛ばした。
 もう帰れない。遠くの方にぼんやりとホテルらしき建物の影らしきモノが見えるような見えないような気がするが、まっすぐ歩こうとしても歩けないのが森の中ってヤツだ。
 数分もしないうちに、何がなんだかすっかり分からなくなってしまったザーウィンは、途方にくれて立ち尽くしていた。
 男として、心の中に色んな思いが渦巻く。
 だが、もはや致し方ない。たった一人、こんな場所で野垂れ死ぬわけにはいかない。だって、まだ25歳にもなっていないのだ。
 彼はあきらめて、声を限りに叫んだ。
 「ニーナさぁーん!助けて下さーいッ!!」
 「はい?」
 次の瞬間、オレンジ色の髪の毛が、目の前の薮の中からひょこっと頭を出した。
 「どしたの?」
 「え…どしたのって」
 「眼鏡、落ちてたよ。はいコレ」
 あわてて眼鏡をかける。可愛い野ウサギを、これまた可愛く抱っこしたニーナが目の前にいた。
 「ウサギ…」
 「可愛いでしょー?」
 すりすり頬擦りすると、ウサギも気持ち良さそうにしている。
 「巣穴に子供がいるから、ちょっと一緒に遊んでくるね」
 言うが早いか、ウサギを肩に乗っけて、現れた時と同じ唐突さで、彼女は森の中へ消えた。
 「あの、私は?どうすれば……?」
 答えてくれる者は誰もない。
 とても爽やかな緑の風が、実にすがすがしくザーウィンの周りを吹き抜けていった。

 そんなこんなで一週間。
 高級ホテルでの生活にも少し飽きてきた頃、6人のもとに、一人の男性が現れた。
 「ようこそ、イズイラムへ。お初にお目にかかる」
 「あなたは…もしかして」
 「そう。私が皆さんをご招待差し上げた、この星の領主。ヴァーチュ・レクマイヤと申します」
 恰幅のよい中年男性は、その年の年齢の男性にありがちな脂ぎって、てかった額をしていた。
 「どうです、イズイラムは?楽しんでいただけましたかな?」
 「んー」
 ザーウィンはもったいぶって首を傾げた。後ろを見ると、5人はそれぞれ悲喜こもごもといった表情を浮かべていた。
 毎日心ゆくまで海に潜り続けられるエディと、野山を駆け巡っているニーナと、競馬で相当儲かったシィクは、満足そうな笑顔。それに引き替え、カジノを潰してばっかりのアクイラや、いまいち女の子に恵まれない様子のミザールは、不満そうな顔を見せていた。
 答えあぐねているザーウィンに、ヴァーチュは言った。
 「どうでしょう。よろしければ、今度は私の屋敷の方へおいで下さいませんか?」
 「あなたの屋敷…?」
 「ええ」
 領主は尊大に両腕を広げて、大仰にうなずいて見せた。
 「今までは、一般の観光客向けの部分を見ていただきました。しかし、この星の残り半分も、ご覧に入れましょう」
 残り半分。
 言われて、ザーウィンとエディは一瞬だけ顔を見合わせた。そして、間髪いれずザーウィンがうなずく。
 「では、遠慮なく」
 一応、この星の視察が今回の任務なのだ。残り半分を見せてくれるというのだから、それに乗らない手はない。
 「え?まだいんのか…」
 反対の声を上げようとしたアクイラを押し付けて、エディが珍しく愛想笑いを浮かべた。
 「いいじゃないかアクイラ。もう少し遊んで行こう」
 「それでは」
 ヴァーチュも笑った。
 「すぐに迎えの者を寄越します。盛大に準備をして、お待ち申し上げておりますよ」

続く。

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