第一章 その3『悲劇的宇宙船事故』
彼らがアリストテレスを出発して二週間。
アリストテレスから惑星イズイラムまでは通常2日ぐらいかかるから、向うへ着いてもう十日以上経っている。もうそろそろ満足して、もしくは飽き飽きして帰って来てもいい頃だった。
だが、ザーウィンから「帰る」というだけの妙に短い連絡があってもう3日目。
「遅い…」
コルト首将は、承認しなければならない書類などそっちのけで、モニターの前に座ってイライラと机を小突いていた。傍らでは、たまった仕事を片付けるため、カンティ補佐官のみならず、なぜかユナイ中将とコウ補佐官まで駆り出されて総出の書類チェックだ。
「遅いな?遅いとは思わないか!?」
「はいはい。どっかで寄り道でもしてるんでしょ」
事も無げにカンティは答えた。だが、ふいに、執務室のドアがノックされた。
「はい?」
のほほんとした声で返事をするコルト首将に反し、妙に焦ったような声が向うから返ってきた。
「首将、緊急事態です!回線を繋いでください!」
「何だ?」
実は、ザーウィンたちからの通信がいつ来てもいいように、他の交信は全部切っちゃってた首将だった。
「早く!それとも、そちらも何か」
「イヤ、こっちは大丈夫だッ!」
ドアを開けようとした気配を感じて、カンティ補佐官があわてて扉を押さえる。何故か書類は床いっぱいに散らかっている。こんなところ、身内以外には見せられたもんじゃない。
「それよりも、何かあったのか?」
「はい!すぐデータ送ります、ご覧下さい!」
外の人物はそう答えて、足音も高く廊下を駆け去っていった。
「ったく、めんどくさいなぁ」
私用通信を一旦終了し、コルトはモニターをいじった。転送されてきたデータが自動的に立ち上がり、再生される。ニュースのようにテロップと音声が流れて、淡々と用件が告げられる。
「……1021、イズイラム宙港レスタを出発した小型旅客船ラム・セシウス26号がワープゾーンに入る直前に爆発。乗客乗員の安否は不明……」
そして、乗っていた人物の名前がずらずらと表示された。
知らない名前の羅列の中に、飛び込んできた文字があった。
ザーウィン・オガサワラ。エディ=アルド・ウォランス。ミザール・ギル・シャウラ。アクイラ・G・コリー。ニーナ・ルヴィス・アレン。シィク・テイテ。
きっちり6人分、名前が載っている。
首将は顔色一つ変えずに画面を切り替え、データの送信元である部署を呼び出した。
「わたしだ」
普段はめったに顔を見せない首将の登場に、哨戒が任務の第7部隊がうろたえる。
「首っ、首将ッ!?」
あわててモニターの前にありったけの隊員が揃って敬礼。四角四面な対応を意に介することなく、軽く敬礼で応えて、コルトは尋ねた。
「今そちらからもらったデータだが、情報は今のところそれだけか?」
「はい!現在、さらに情報を収集しておりますッ!」
「爆発した船の残骸は回収したか?」
「現在、作業中とのことですッ!」
緊張しているのか、敬礼したままの部隊長の手がぷるぷる震える。だが、面白がっている暇はない。首将はすらすらと命令を口にした。
「その辺りの宙域はアリストテレス管轄だな。回収した残骸は、全部本部へ回せ。こちらで調査する」
「了解しましたッッ!」
ぷつん。
そのまま、モニターを電源ごと切って黙らせる。
「どうしました?」
なにやらいつもと違う様子のコルトに、紙を集めていたユナイ中将が声をかけた。
「あいつら、死んだらしいわ」
さっぱりとした返事に。
「え…ッ?」
「ええッ!?」
「えええええ――ッッ!?」
爆発四散した宇宙船の残骸を集める作業は、一筋縄ではいかない。バラバラになった欠片は、爆発した時の勢いに乗ったまま、どんどん事故現場から遠ざかっていってしまうからだ。
それでも十数時間後、優秀なアリストテレス軍第8部隊は、ありったけの証拠品を揃えてコルト首将に提出した。それを生命科学研究所に送り、不眠不休で調査させること数時間。
そこには、コルト首将が考えていた通りの結果が出た。
「やっぱり死んだな」
データを見て、彼はあっさりと言った。
宇宙船の残骸にかろうじてこびりついていた、乗客だったと思しきモノから得られたDNAと、6人の私室から持ってきた髪の毛などから検出したDNAが、ことごとく一致したのだ。
「イ…イズイラムの領主に連絡を」
「無駄だ、やめとけ」
うろたえるユナイ中将に、むしろ冷淡にきっぱり言い放ち、コルト首将は傍らの補佐官に視線をやった。
カンティ補佐官は、不安そうな顔をしているかと思いきや、首を傾げて何か考えている様子だった。そしてどうやら、首将と同じ結論に至ったらしく、最後にニコッと笑ってみせた。
「ああ、そうか!そういう事ですね?」
「正解」
我が意を得たり。そんな顔でコルトもにんまりと笑い、まだ分からなくて不安げなユナイとコウ補佐官に人差し指を突きつけた。
「お前たち、仕事だ」
「え?」
「観光客みたいなフリしてイズイラムに潜入し、あいつらと接触するんだ」
あいつら。
「今、死んだって言ったじゃないですか」
「言ったっけ」
思いっきり首をかしげて、コルトは可愛く笑った。
「まぁとにかく、あいつらが死んでるって事はあり得ないんでね」
「一体どういうことです?」
「ヴァーチュ・レクマイヤが欲しかったのは、あいつらの頭と腕。連邦から独立するなら、それぐらいの力は欲しいだろう」
最初から爆発する予定の宇宙船に乗せられていたのは、おそらく6人の遺伝子情報を持つクローン。そうすれば、残骸を調べさせて、彼らが死んだように見せかけることが出来る。
「だから、あいつらは生きてる」
きっぱりと、断定的に、まるで疑う余地なんかないとでも言いたげに大威張りで、首将は言った。
ユナイ中将は、頭を下げた。
「分かりました」
おそらくは、捕らえられて、あまり楽しくはない状況にあるであろう6人。
助けがいるかどうかは別問題として、様子は探ってくる必要がある。
「すぐにイズイラムへ向かいます」
「頼んだよ」
真剣な面持ちで、コルトはうなずく。
「もう二週間もシィクさんの手料理食べてないんだ」
カンティ補佐官もうなずいた。
そう。ソレが何より、一大事なのだ。
「早く連れて帰ってきてくれ」
まるで、嫁に逃げられた旦那みたいな顔して言う、アリストテレスの主は、何だか微妙に情けなかった。