FLY ROUND


第二章 その1『囚われのお姫様』

 ああ…退屈だ。途方もなく。
 眼前には遠く地平線まで広がる大地がある。思い切り走っていけたら、どんなに爽快なことだろう。
 しかし、とエディは外をのぞくのをやめて振り返った。
 ここは檻の中だった。
 薄暗く、壁は石造りで、ご丁寧にも鉄扉に格子まではまっているという念の入れようだ。外が見える窓にしても、ほんの十数センチ四方の空気抜き程度の穴に過ぎない。扉についている小さな窓を開けたところで、見えるのは通路の壁だけ。
 穏やかなエディにとっても、さすがにこの状態は、退屈だと思えてきた。
 となると。
 おそらく、同じような目にあっているはずの他のメンバーは、もっと退屈だと思っているだろう。
 ズガーン!!
 通路の向うから、激しい音が聞こえてきた。
 ガスーン、ドスーン――バキーン!!
 あからさまに、扉を破壊する音だった。エディは格子付きの窓に顔をくっつけて、何とか外をのぞこうと頑張ってみた。
 「うるさいッ!」
 すると、隣接しているであろう辺りから、ミザールの声が聞こえてきた。
 「何やってるんだ、アクイラ?静かにしてくれないと、僕の」
 「うるさいわッッ!」
 その2倍増し位の大音声で、アクイラの声が返ってきた。
 「俺は帰る!だから、壊す!」
 明瞭な答えである。そしてまた、鉄扉を殴りつけているのであろう、すさまじい音が響き渡り始めた。
 「アークーイーラー!?」
 ミザールの苦情など、もちろん却下。エディはじっと黙って、外の様子をうかがっていた。
 やがて、ものの数分もしないうちに、ぐわーん!という鉄板をブチ殴ったような音が聞こえて、壁が揺れた。
 「あー、取れた取れた」
 どうやら、力技で扉を破壊したらしい。なかなかの豪腕だ。
 昔懐かしの蝶番ドアなど使うから、アクイラ程度にも負けるのだ。そう思いながら、エディは格子の隙間から手を出して彼を呼んだ。
 「アクイラ、そこにいるのか?」
 「ああ」
 ミザールの牢獄の前を通り抜け、アクイラが彼の前に顔を出した。いたって元気そうだ。
 「あれ?ここにいるの、お前だけ?ザーウィンは?」
 「いないのか?」
 「ここにいるのは、俺様とお前とナルシストバカだけみたいだ。ザーウィンと、女子二人はいねーな」
 辺りをきょろきょろと見回して、脳天気な童顔青年は答える。そんなに長く通路が続いているわけでもなさそうだ。
 「どうなってるんだろうねぇ?」
 「さあ…見に行く?」
 エディが首を傾げると、アクイラが足元から何か奇妙なカタマリを取り出した。壁を構成していた石のブロック一つ分らしい。それを振り上げて、彼は言った。
 「んじゃ、開けてやるからちょっと避けてな」
 「いや、自分でやるからいい」
 この程度、エディには、どうってことない。
 指先で窓枠をつまみ、そのまま紙でも破るかのように、軽い様子で左右に引っ張ると、ぐわんぐわんと物騒な音をたてて鉄扉が引き裂かれていった。
 「確かにミザールの言う通り、お前のやり方はちょっとうるさかったな」
 そういう問題ではない。

 豪奢な部屋は、中世のベルサイユ宮殿もかくやという勢いの派手さ加減だった。描写もめんどうくさくなりそうな金銀キラキラにして華美な装飾が施されまくった部屋の中は、ゴージャスというレベルをはるかに通り越して、むしろやかましい。
 その部屋のど真ん中、これまた座るとお尻やら背中やらに金粉がつきそうな勢いの派手ソファーに座らされて、ニーナもシィクも居心地悪そうに縮こまっていた。
 「さ、お茶をどうぞ」
 無駄に細かすぎる彫刻が施されまくっているテーブルに、青年はアフタヌーンティーセットを並べた。
 紅茶の色が、とても落ち着いて懐かしく、目に心地よかった。おまけに変に緊張して喉も渇いている。だが、飲むのもどうかと思って、二人はじっとカップの中の水面を見つめる。
 「紅茶はお嫌い?では、コーヒーにしようか、マイハニー」
 「………」
 二人は、青年の言葉に顔を上げなかった。
 マイハニーなどという、身の毛もよだつ妖しげな呼称で呼ばれることすでに15回。鳥肌が立つのはかろうじておさまったが、何でこんな見ず知らずの男にそんな呼ばれ方をしなくちゃならないのかは、まったくもって分からない。
 「じゃあ、コーヒーを」
 「いや…これを、いただくわ」
 ようやく、シィクが絞り出すように答えて、ティーカップに手を出した。
 「あたしも」
 ニーナも同じように手を出し、ゆっくりと口をつけながら、目の前の男を目だけで見上げた。
 年の頃は二十代前半、グレーの髪を首の後ろでひとつにまとめた、中肉中背の男だ。けして顔が悪いわけではないが、ミザールを見慣れている二人には、そこまでイイ男とは感じられなかった。ザーウィンとどっこいどっこいってとこだろうか。
 「ようやく、口をきいてくれたね、マイハニー」
 だから違うっつーに。
 一体、あんた、何なの?
 あからさまにそう言いたげな二人の視線を受けて、青年は聞いてもいないのに自己紹介を始めた。
 「僕はジュルネイ・レクマイヤ。この星の主、ヴァーチュ・レクマイヤの一人息子さ」
 「あ、そう」
 シィクの冷たい相槌。それだけ聞けば、十分だ。
 つまりこの男は、自分たちをここに閉じ込めた、ロクでなし領主の片棒を担いでいるということだ。それが分かれば、用はない。
 二人はソファーから立ち上がった。
 「で?他のみんなはどこ?」
 「それは秘密さ、マイハニー」
 ジュルネイはあくまでも余裕ぶっこいてる様子で首を振った。
 「それに、彼らと君たちとは、もう関係ないんだ。だって、君たちはね」
 にやり、と笑う。
 「二人とも、僕の花嫁さんになるからなんだよ、マイハニー!」

 「お断りします」
 ザーウィンはきっぱりと答えた。
 「そのような計画には手を貸しかねる。むしろ、これは宇宙法を犯す犯罪行為として、告発させてもらいますよ」
 「それが出来れば、の話ですがね」
 ヴァーチュは脂ぎった額をてっかりと光らせながらニヤついた。
 「こちらには、人質がいることをお忘れなく」
 「……5人のことか」
 青年は、憎々しげな顔を満面に浮かべて、ぎりぎりと歯ぎしりをしてみせた。
 実際問題として、メンバーの中で一番弱いのは自分なのだから、人質にとる相手を間違っていると言えば間違っているのだが、心配したフリでもしとくのが礼儀だと思ったからである。
 それに、ザーウィンの首と両手首とには金属製のリングがはめられていて、ワイヤーでしっかり固定されている。エディだったら、こんなの糸を切るよりも簡単にちぎってしまうのだろうが、普通の人間である彼には無理だ。十分に、自分自身が人質だった。
 大変満足そうに中年男はうなずいて、話を先に進めた。
 「大佐には現在の給料の3倍を出しましょう。他のみなさまにも、最高の待遇をさせていただく。悪い話じゃないでしょう?」
 「3倍…」
 つられたように、ザーウィンがつぶやく。
 ちなみに、彼がアリストテレスでもらっているお給金の額は秘密だ。
 「この星が連邦から独立し、かつ支配権を他の宙域まで広げるためには、あなた方のような優秀な人材が必要なのです。いいですか、あなたの力で自分の国を作るのです!夢でしょう、ロマンでしょう!?」
 ヴァーチュは椅子から立ち上がり、両の拳をグッ!と握りしめて演説を始めた。
 夢、見てるな。
 ザーウィンは一人こっそりとため息をもらすと、静かに答えた。
 「分かりましたから、落ち着いてください。それから…僕らに、もう少しだけ、考える時間をもらえますか?」
 「お?あ、ああ、いいともいいとも。ゆっくり考えてくれたまえ!」
 夢見る中年オヤジは、ちょっと恥かしそうな表情で腰をおろし、嬉しそうに何度もうなずいた。
 これで少しは、時間を稼げたかな…?青年がそう思って、次の作戦を練ろうと首をひねった時。
 「領主様、失礼致します!」
 部屋の扉が激しくノックされ、外から声が飛んできた。
 「地下から、ウォランス中佐とコリー大尉が逃げ出しました!!」
 「な、なにいィッ!?」
 あわてて立ち上がるヴァーチュ。その傍らで、ザーウィンはひっそりと頭を抱えた。
 アクイラは、やると思ったけど。まさか、エディまで暴れるのかい!?
 脱出作戦は、思いのほか難航しそうだった。

 その頃、一人牢屋に取り残されたミザールは、自らの武器を最大に生かして戦っていた。
 「ねぇ、ここを開けたいのだけれども…いいかしら?」
 「し、しかし奥様…彼は、旦那様の」
 「構わないわよねぇ?」
 捕らえられた軍人とやらが珍しくて、わざわざ牢屋まで見に来たヴァーチュの妻、プリーティア。贅沢を絵に描いたような生活をしているのだろう。豊満という言葉をはるかに通り越した体格、ぶ厚く濃い化粧、全ての指に燦然ときらめく宝石の数々を身に付けた彼女だからこそ。
 「マダム、僕をここから助け出してはいただけませんか?」
 最高の笑顔を浮かべたミザールの魅力に、抗えなかった。
 「どうして僕がこんなところに閉じ込められなければならないんでしょう?この髪が…痛んでしまいます」
 目の前で、さらさらと金髪をなびかせてみせる。そして、あくまでも青く澄み切った瞳で、彼は言った。
 「マダム。僕を助けてください」
 そう言われたら、扉なんかスグに開けちゃうってもんだ。
 プリーティアは即座に部下を呼んで、ミザールの牢の扉を開けさせた。
 「主人にはわたしからよく言っておきますから、あなたはわたしの部屋に。お茶とお菓子でもいかがかしら?」
 「ええ、喜んで、マダム」
 あくまでも、フェミニスト――そして、その上を行くナルシスト。
 ミザールはにっこりと微笑んで片膝をつき、おばはんの右手を恭しく取り、軽く唇をつけた。
 夫にさえ、もちろんそんな行為をしてもらったことはないだろう。あまりの嬉しさに卒倒しそうになる彼女の肩にそっと手を置き、ミザールは笑顔で先をうながした。
 「さ、行きましょう、マダム」
 そう。この男、自分の身…というか、美貌とカラダを守るためなら、何だってするのであった。

続く。

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