第二章 その3『ちょっと待ってよ!?』
だだっ広い平原に、隠れる場所はなかった。
牢屋を破壊して逃げ出したのはよかったが、エディとアクイラにそれ以上の逃げ場はなかった。みっちりと警備員たちに囲まれ、無数の銃口を突きつけられて、さすがの二人も少々固まってしまった。
「エディ」
「何だ?」
「どうするんだ、コレ」
私兵というにはあまりにも本格的過ぎる武装に身を固めた兵士たちを示して、苦虫を噛み潰しすぎたかのようなイヤな顔でアクイラが尋ねた。
「後にしよう」
その質問に対して、エディはそう、答えた。
「後でいいだろ。とりあえず、さ」
「後ね…」
ぐるりと周囲を見回し、アクイラは不満そうにあごをなでたが、やがてポケットからタバコを取り出し、悠然とくわえた。
「ま、お前がそう言うんなら、特別に、そういうことにしてやっといてもいいぜ」
「理解してくれて嬉しいよ」
笑いもせずにそう答え、エディはよく見えるように長い両手を上げた。
「そういう事だ。僕らは別に君たちに危害を加える気はない。ただ、ザーウィンや他のメンツに会わせてくれ。状況が知りたいだけなんだ」
牢屋をブチ破っておいてよく言うが、穏やかな彼の口調に、兵士たちの緊張もわずかながら解けたようだった。
「では…こちらへ」
人垣が割れて、銃口が、とある方向を示した。視界が開けると、そこには城かと思うような、水平方向にバカでかい建物がべろーんと横たわっていた。
「ご案内いたします」
自分は…人質だ人質だ人質だ。
ザーウィンは、すっかりブルーになっていた。
理由も分からず捕まって、アクイラが暴れないわけがなかった。そういう男なのだ、アレは。
その上、メンバー唯一の理性であり良心であるエディまで一緒にくっついていったのでは…自分の助かる道はない。部下たちからの報告を色々と受けては指示を出している領主ヴァーチュの目の前で、彼はソファにめり込むほど深くうなだれていた。
その時、部屋のドアが遠慮なくバン!と音を立てて開いた。
「父上!」
この、脂ぎったおっさんの何が父上か。
心の中でコッソリつっこみながら、ザーウィンは顔を上げてちらりと入ってきた男を見た。
ヴァーチュに向かって父上と言うからには、息子なのだろう。しかし、相当に、二人は似ていなかった。中肉中背の若い青年は、それなりの容姿だった。
…まぁ、僕とどっこいどっこいって感じかな。
ザーウィンがそんなことを考えているとも露知らず、領主の息子ジュルネイは心も晴れ晴れって感じの爽やかな笑顔を浮かべ、両手を広げて父親に語りかけた。
「花嫁の準備は完了だよ!しあさってには間に合う、安心してくれ、父上」
「おお、そうかそうか!それは良かった!」
言うなり、抱き合う二人。ほとばしり、あふれる親子愛が、ちょっと胃にもたれる。
ひとしきり喜び合った後、ヴァーチュが実に楽しそうに息子の肩を抱きながら、ザーウィンの方へと向き直った。
「大佐、紹介しよう。これが我が自慢の一人息子、ジュルネイだ」
「…はぁ」
さらにややこしそうなのが一人増えた。こっそり嘆息しながら、ザーウィンは曖昧にうなずいた。
「ジュルネイ、こちらがザーウィン・オガサワラ大佐。連邦でも一二を争う天才で、味方につければこれほど役に立つ参謀はいないというほどの智将だ。将来、必ずやお前の右腕となってくれる」
ああ、やっぱり勝手にそうなるわけね。
だが、ジュルネイは、またしてもソファにめり込みつつあるザーウィンの事などまるで眼中には入っていないようだった。
「父上、宴会場の手配は?」
「もちろん、済ませたさ」
「ウェディングケーキは?」
「15メートル級だろう?注文してあるぞ」
「いやいや、父上」
ちっちっち。人差し指を立て、キザったらしく目の前で振って見せてから、バカ息子は薄目でザーウィンを見下ろした。
「今回は二人だろ。彼女たちのイメージにそれぞれ合わせて、2つ作ってもらおうと思うんだ」
その目はまるで、ザーウィンがモテない、とでも言いたげな、優越感に満ち満ちた目だった。なんとなくムカッとして見上げると、ぷいとジュルネイは顔を背けた。
「一つはブルーにするんだ。サイザベリーをクリームに加えて、白と青の125段重ね。豪華ながらも清楚なやつがいい」
「ふむふむ」
ヴァーチュは神妙な顔をして、息子の提案にうなずいている。
話が見えないザーウィンは取り残されて、むかついた顔をしたまま黙って話を聞くしかなく、余計にむかついてしまった。
「で、もう一つはオレンジだ。フレッシュオレンジをたくさん使って、彼女に合うよう、可愛くキュートなアレンジにしたいんだ」
「そうだな」
領主はまたうなずいて、それから大きな笑みを見せた。
「いいだろう!お前の好きなように注文するといい。何しろ、宇宙でも最高級のお嬢さん方だからな」
「サンキュー、父上!」
たちまちジュルネイも満面の笑顔になる。
「じゃあ、しあさってを楽しみにしていて。今までで最高の結婚式にするよ」
そしてそのまま、入って来た時と同じように、どたばたと姿を消す。後には、呆然と口を開けたままのザーウィンが残されていた。
「結婚式…?」
「そうだよ」
実に満足そうな笑顔を浮かべて、ヴァーチュは彼を振り返った。
「毎年、誕生日には息子のために嫁をもらってやってるんですよ」
な――なんですと!?
聞き返すのも忘れて、ザーウィンは凍りついた。
僕なんか…僕なんか、嫁どころか、彼女さえ…!!
言いたい言葉が声にならずに、ぱくぱくと金魚のように口だけ動かす。そこに、追い打ち。
「しかも今年は25になるから、ゴージャスに2人、もらう事にしてみた」
「ふっ…二人」
ぼ、僕だって25になったのにッ!?
感嘆符もつかないぐらい驚いた後、ザーウィンはようやく我に返った。
「そ、そういえば、ブルーとオレンジって言ってましたが」
「ああ、彼女たちの髪の色がね」
「もしかしてそれって、シィクさんとニーナさんですか?」
「ああ、そうですよ」
「ああ、そうですか」
ザーウィンは、得心してうなずいた。
それから、たっぷり1分半は考えた後、いきなり立ち上がった。
「ちょっと待て!それは…それだけは、ダメだッ!!」
両手でヴァーチュに掴みかかろうとして――首と両手につなげられたワイヤーがピン、と張って、ザーウィンは顔面からテーブルの上へなだれ込んだ。
まッ昼間からシャッターの閉められた、妙に薄暗いブライダルサロン。
ニーナとシィクは、疲れ果ててぐったりとカウチに横たわっていた。
「採寸って…なんでこんなにややこしいの」
「知らない。多分もう、二度とやんない」
ジュルネイの部屋から連れ出されたかと思うと、あっという間に頭から袋をかぶせられ、訳も分からず連れてこられたのがここだった。すまなさそうな顔をするサロンのお姉さんたちに向かって暴れるわけにもいかず、二人は大人しく採寸されまくった。身長、体重やB・W・Hはもちろん、靴のサイズに腕の長さ、首回りだの腕回りだの、一体何に使うのかというぐらい、徹底的に、である。
右を向かされ、左を向かされ、手を上げたり下げたり、立ったり座ったりを延々繰り返し、ようやく二人は解放された。今は、ジュースをもらって休んでいるところだ。
「それにしても、こんなにサイズ測ってどうするんだろうね?」
ニーナが眠そうな目をこすりながら言った。ついでに、ほわぁ〜とばかりにバカでかい欠伸をして、柔らかいカウチに沈み込む。
「まさか、とは思うんだけどねぇ…」
シィクは少し心配そうだった。
連れ出される前に言われたジュルネイの台詞。そして、このサロン。どう見たって、回りにあるのはウェディングドレスばっかりで、普通のドレスを作ってもらう、という雰囲気ではなさそうだった。
「もしかしてあたしたち、結婚するのかしら?」
「え?」
ニーナがすっとんきょうな声を上げた。
「あたしと、シィクが!?」
「ちょっと違うわね〜」
肝心な時にならないとまるで脳味噌を働かせる気のない彼女の頭をなでて、シィクは答えた。
「あのスットコドッコイと、あたしたちよ」
「スットコドッコイ」
繰り返して、ニーナはうなずいた。
「でもヤバいよ。それじゃ重婚だよ、しかもダブルだよ」
「そうねー、それも問題ね。でもね」
美しい眉をキッと上げて、シィクは声をひそめた。
「このあたしが!コルト首将以外のために、ウェディングドレスを着ると言うのは、もっと大問題だと思わない!?」
「…そうかも」
ニーナはもう一度うなずいた。
そう。シィクは、コルト首将にぞっこんである。ぞっこんラブ(死語)と言っても過言ではない。ミザールが、誰に対しても愛してると言うのとはワケが違うのである。
「どうしよう、すぐに何とかしなくちゃ!」
シィクは飲みかけのジュースのグラスをテーブルに置いて、立ち上がろうとした。しかし、その背中を見上げながら、ニーナがのんびりと言った。
「でも、ドレス作るだけ作ってもらって、それ持ち逃げっていうのもイイよね」
くるり。
一瞬でシークが振り返る。
「それ、最高にステキ」
青い瞳が、星を浮かべてキラキラ輝いていた。
「そうね!そうしましょ!どうせ、あの連中も一緒でなくちゃこの星から帰れないだろうし…ウェディングドレス、作ってもらおうか」
「うん」
二人が元気を取り戻したのを見て、さっそくサロンのお姉さんがカタログを手に寄ってきた。
「それでは、デザインの候補をご覧になられますか?」
「見る、見るー!」
女の子というのは現金な物と相場が決まっている。
ニーナとシィクはたっぷり2時間かけて、ドレスのデザインを決めることとなった。
「ああ…バカか」
アクイラを見て、ミザールはそう言った。
「バカはお前だ」
アクイラが答えた。
屋敷内で監禁されることに決定したアクイラと、プリーティアに気に入られて連れ回されることになったミザールは、館の玄関先でばったり出会っていた。
純白のブラウス(フリル付き)、真紅のジャケット。指にはいくつもの指輪をキンキラにはめた、最高に趣味の悪い成金バカみたいな格好を、ミザールはしていた。
その一方で、エディの制止を振り切って屋敷に入る直前で逃亡しようとして、ボカスカに殴られたアクイラは、珍しく服なんかも破れてしまってずたぼろの格好になっていた。首と両手両足に重たそうな鎖をつけられ、完全に出来の悪い囚人スタイルである。
ふぅー。
お互いの格好を見て、お互いにバカにしたため息をつく。
「これだから、野蛮人は困るね。そんなんじゃ、マダムに気に入られることは永遠になさそうだな、アクイラ」
「お前こそ、二度と俺の前にそのツラ出すなよ。その頭悪そうな色彩感覚、目が腐る」
ふっ。
バカにしきって、今度は満足のため息をつく。
「さ、バカは放っておいて行きましょう、マダム。早く僕に、ご自慢の庭を見せてください」
ミザールは優しく微笑んで、プリーティアの手を取った。
「そ、そうね、ミザール」
オホホホ、と取ってつけたような高笑いを響かせて、有閑マダムは玄関を出て行く。
「けっ、胸糞わりぃ。早く連れてけ!」
その後ろ姿を見送って、アクイラが最後にもう一度、毒づいた。回りの兵士が、勢いに気圧されつつも鎖を引いた。
だが、最後に、ミザールとアクイラは、まったく同じタイミングで振り返った。
「………」
一瞬だけ、視線が合う。
イヤな表情をするでもなく、互いの顔を見る。しかし、それも一瞬のことだった。
何事もなかったかのように前を向き、二人は歩き始めた。