FLY ROUND


第三章 その3『宇宙を駆る船』

 宇宙に整然と並ぶ、一個艦隊。隊列を乱す事なく、静かに目指すその先は、一つの小さな星だった。
 「衛星軌道を離れました。大気圏内への突入準備、完了」
 冷静なオペレーターの声が、船の中に響き渡る。しかし、艦長であるレスティス大将の顔はどこか浮かなかった。
 「本当によろしいのですか?」
 「上からの許可は出ている」
 艦長よりもずっと年下なのに、めちゃくちゃ偉そうな口調で青年は答える。
 「イズイラムは連邦庇護下にありながら、反旗をひるがえしている。あまつさえ、連邦軍人を監禁して、協力を強制。粛清対象として十分だ」
 「…はっ、そうでしたか」
 レスティス艦長は感服したようにうなずいて、全艦隊に指揮を出した。
 「これより大気圏突入!相手からの反撃が来る前に、N46、E28周辺にある軍事基地を攻撃!」
 「了解!」
 全艦から小気味よく返事が戻って来る。
 「では、首将もご着席を。大気圏に突入します」
 「うん」
 さらに偉そうにうなずいて、金髪の青年は艦長席に腰を下ろした。
 アリストテレスで最も大きな一個大隊を率いるレスティス大将の席に、断りもなく座ってもいい男。それは、デイル・ランドルフ・コルト首将その人に他ならない。
 待ってろ、お前ら。この俺が、スグに行くぞ!
 轟音が響き、モニターが赤く燃えはじめる。
 船が、イズイラムへと突入していく。

 「鉄パイプだな」
 「ああ、誰がどう見てもな」
 ザーウィンの言葉に、アクイラは自信満々に答えた。
 「見事な鉄パイプだろう」
 「まったくだ」
 エディは、長さ約2メートル、直径15センチ程度の鉄パイプを持っていた。どこから引っこ抜いてきたのかは、定かではない。だが、頑丈であるという点において、その鉄パイプは素晴らしかった。
 「これを、こうしてな…」
 宴会場の床に広げられているのは、豪奢なじゅうたんに似合わぬ工具類。ついでに、警備員たちからかっぱらってきた銃器の類をバラした部品も並べてある。アクイラはその中からひょいひょいと適当につまんでは、エディが支える鉄パイプにくっつけて細工していた。
 所要時間は、およそ7、8分といったところであろうか。
 「よぅし、こっちはコレでいい」
 会心の笑みを浮かべて、アクイラは鉄パイプを叩いた。どんなに部品をくっつけてみても、鉄パイプはやっぱり鉄パイプにしか見えない。だが、自信たっぷりに製作者は言った。
 「ランチャーいっちょあがり。あとは、弾丸だな」
 「これのどこがロケットランチャーなんだ」
 ミザールは不満そうに言う。
 「ランチャーっていうのは、もっと先端のフォルムが、こう、ちょっと細くなってて…」
 「やかましい。お前は中庭に出て、ミサイルが飛んでくるところでも見てろ」
 「え〜?」
 ミザールの美学を一蹴して、アクイラは煙草をくわえた。
 「さてと、これをこうして…」
 今度は弾丸をバラして火薬の確保である。くわえたままの煙草の灰が、時折ちらちらと火薬の上を舞い飛んでいくが、そんなこと気にしちゃいない。何しろ、時間がないのだ。
 意外と、真剣な顔をしていた。

 ジュルネイは追い詰められていた。
 それもそのはず、ユナイ中将とコウ補佐官の二人がかりなのだ。エラそうなことを言っても所詮は素人。いいように泳がされ、気がつくと宴会場の一番すみに彼は立たされていた。
 「くっ……」
 後ろは壁だ。もはや、逃げ場はない。目の前には軍人が二人、彼を捕らえようと迫っていた。
 何とか…何とかならないのか。
 ジュルネイは助けを求めて、辺りに視線をさまよわせた。だが、頼みの綱の私兵たちはすでにことごとく叩きのめされ、今や彼を守ってくれそうな人間などどこにも見当たらなかった。武器といっても、なんとなく掴んで持ってきてしまったワインのボトルが1本きり。これで、目の前の二人を倒せるはずがないのは、彼が正真正銘のおバカさんでも分かった。
 「さあ、大人しくしなさい」
 ユナイ中将が静かに言った。口調は静かだが、油断なく銃を構えて、ジュルネイの様子をうかがっている。
 「その瓶を捨てて、両手を頭の上に」
 土壇場で、無駄に暴れる犯人もいる。たぶん、この男もそんなタイプの人間だろう、と彼女は考えていた。最後まで、気は抜けない。
 「分かったよ…」
 そんな中将の意思の強さに根負けしたのか、ジュルネイはしぶしぶ、といった様子で答えた。右手に持ったボトルをまっすぐ前に差し出し――投げた。
 「やっぱり」
 思ったとおりだッ!
 中将はガラスの破片を避けて、一瞬だけよそを向き、目を閉じた。
 そして、目を開くと。
 「あ……、あ、あ」
 赤ワインを頭から浴びたコウ補佐官が、困った顔をして立っていた。
 頭も顔も、白いシャツも、全部、真っ赤だ。
 「ベル、違うんだ。これは、ワインで…」
 血じゃないんだ。
 しかし、端から見ると、その姿はまるで血まみれになっているように見えた。
 「アービーを…」
 ユナイ中将が、愛称でコウ補佐官の名を呼んだ。キレてしまった時にだけ口にする呼び名だ。穏やかで冷静な顔は、もうない。
 「え?」
 一瞬で雰囲気が変わった彼女に気圧されて、逃げようとしていたジュルネイが立ち止まる。
 「な…な、何だ?一体、お前は」
 「貴様…よくも、アービーを!!」
 ジュルネイに向かって伸ばされた指先から、容赦なく高圧の電流が放たれた。
 「アービーをぉぉッ!!」
 バリバリバリバリッッ!
 乾いた音が、宴会場に響き渡った。

 幸せだったはずの結婚式にとてもふさわしい、青く澄み切ってよく晴れた空。
 その一点を差して、鉄パイプがそびえ立っている。
 「弾丸は一個しかねーし」
 鉄パイプランチャーを構えるエディに対して、アクイラが軽ーい口調で言った。
 「どっちみち、外したら次装填してる時間もないし。っていうか、多分このパイプがもたねーしな」
 あっはっは。
 笑い事ではないが、とりあえず笑っておく。それを受けて、エディものほほんとした表情のままうなずいた。
 「まぁ、適当に撃ってみるよ」
 「それでいい」
 ザーウィンも、ニーナもシィクもうなずく。
 ミサイルを撃ち落すにはいささか、というか、むしろ全然当てにならないような装備だが、それでも彼らは悠然としていた。全力は尽くした。付近の住民はまだ避難している最中だというが、彼らが今さらそんな風にじたばたしたって始まらないのである。
 「そろそろ肉眼でも見えてくる頃かな」
 ミザールが言った。
 「どこどこ?」
 「あっち」
 指差した方向をニーナが見つめる。晴れ渡った空の彼方、彼女は何かを見つけたようだった。
 「あ、見えた!」
 「ようし、構えろ」
 アクイラの指示で、エディが鉄パイプを担いで立ち上がった。
 「たぶん、弾道はかなり下にそれると思う」
 「じゃ、こんなもんか」
 少し上向きに構える。
 「もうちょっと右。あと0.2度ぐらい」
 「はいはい」
 わずかに右にずらす。
 「これでいいかー?」
 カッコよく構えた肩に鉄パイプ、というどこか間抜けな姿で問うエディに、メンバー全員がうなずいた。
 「じゃ、ミザール、秒読みしてくれ」
 「OK」
 そうこうしているうちに、ゴミみたいだったミサイルは、次第に点から丸へと変わりつつあった。
 「7、6、5…」
 「え?7から!?」
 だが、ビックリしている暇はない。ミザールの声が続いた。
 「4、3、2、1、」
 「うっしゃ!」
 珍しく、気合の入ったエディの掛け声とともに、お手製鉄パイプランチャーから、いい加減なインスタント弾丸が発射された。

 「ジュルネイ様からの指示がありません。次のミサイル発射準備に入ります!」
 レクマイヤ邸の地下基地では、私兵たちが右往左往と走り回っていた。ミサイルが着弾したと予想された時間が過ぎてもジュルネイから連絡がない場合、2発目を撃つようにという事前の指示があったため、砲撃手が叫んだ。
 だが、主任が信じられない、といった顔でモニターを見つめ、彼を止めた。
 「駄目だ。発射は中止だ」
 「どうして?」
 「連邦の艦隊だ…どうして、こんなところへ!?」
 イズイラムの軍事化は極秘で進められていたはずだ。それに、基地はすべて地下にあり、地上から見た程度では分からないように巧妙に隠されていた。それなのに、連邦の正規軍が一個艦隊を進入させてきた、ということは。
 「バレている…!?」
 「ど、どうしましょう?」
 慌てふためく兵士たち。ジュルネイはもちろん、主人であるヴァーチュからも何の音沙汰もない今、主任である彼が全てを決めなければならない。
 間違いなく、ここを目指している戦艦を見つめながら、彼は告げた。
 「領主様がお戻りになるまで、ここを守るぞ…攻撃目標変更!あの連邦戦艦を狙え!」
 「了解ッ!!」
 急いで照準を合わせ直す。ミサイルハッチを開く。
 次の瞬間、待ってましたと言わんばかりにそこめがけて連邦軍の攻撃が始まった。

 幸せだったはずの結婚式にとてもふさわしい、青く澄み切ってよく晴れた空。
 適当に作ったランチャーから発射された適当な弾丸は、莫大な予算を費やして作られたであろう高性能のミサイルを撃墜し、海の藻屑へと変えた。後はただ、青い青い空と、すがすがしい潮の香りに満ち溢れた海が広がっているだけだ。
 ホテルの中庭から美しい光景を眺めながら、6人はのんびりとした時間を過ごしていた。ホテルにいた人間はみんな逃げ出して、今は楽しい貸し切り状態。領主夫妻は逮捕したし、バカ息子も中将たちに任せてあるので安心だ。
 「あー、いい風だ」
 エディは両手を広げて海に向けていた。
 耐熱性なんか考えていなかったので、一発発射した鉄パイプはめちゃくちゃ熱くなり、少しばかり肩と手のひらを火傷したのだ。だが、シィク特製の薬を塗ってもらったこともあるし、ほどなく治るだろう。
 「まだ、酒、残ってるかな?」
 「自分が全部ひっくり返してたじゃないか」
 アクイラの台詞にミザールがツッコむ。
 「何だと?お前こそ、若い子がいないからって、年増とよろしくやってたじゃないか!」
 「あれは情報をもらうためじゃないか!」
 いつも通りの口げんかが始まる。止めるのも面倒なので放っておいて、ザーウィンはお目当ての相手に声をかけた。
 「しかし、ニーナさん。それ、破いちゃったら勿体ないでしょう?」
 「えー、コレ?」
 ビリビリに裂けて、いいところなんか、すでにどこにもないウェディングドレス。弾丸作りに参加したため、さらに煤けて全体が黒っぽい。
 「いーのいーの。別にあたしは取っとくつもりなんかなかったから」
 「でも」
 「シィクのがキレイなままだから、それでいいじゃん?」
 確かに、ちょっと離れた場所に立っているシィクのドレスは美しいままだった。楽しげに鼻唄を歌っている彼女の姿を満足そうに眺めた後、にーっこり、とニーナは微笑んだ。
 邪気のない笑顔につられて、ザーウィンも思わずにやける。
 「まぁ、ニーナさんがそれでいいって言うんなら…」
 「おい、優柔不断」
 その時、彼の頭にエディが大きな手を置いた。
 「そろそろ宴会場に戻らないか?中将たちと合流しよう」
 「あ、ああ、そうだな」
 もちろん、宴会場が電撃地獄になっていることなど知る由もない。
 彼らは、意気揚揚と引き上げていったのだった。

続く。

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