FLY ROUND


終章 『ウルトラ鈍感朴念仁』

 黄昏色に染まった空を裂いて、戦艦が隊列を組んで宇宙へと帰っていく。
 ただただ呆然とするばかりのレクマイヤ夫妻や、見事黒コゲにされたジュルネイも、とっくの昔に連行されて、連邦本部に移送されるべく、空の上だ。バカ一家は駆逐されたのだ。
 一足先にアリストテレスへと帰る船を見送って、コルト首将は振り返った。金色に輝く海をバックに、眩しいまでの爽やかな笑顔。
 「お前たち」
 近付いてくる彼らに、にっこりと微笑んで声をかける。
 「遅い」
 「悪い悪い」
 ザーウィンがお得意のジャパニーズスマイルで答えた。
 「ホテルの人たちが後片付けをどうしてくれるって…」
 「何日かかったと思ってる?待ちくたびれたなー、俺は」
 「うッ」
 鼻先に指を突きつけられて、思わずひるむザーウィン。たたみかけるように、コルト首将は続けた。
 「帰ってくるって言っておいて、もう四日経ってるぞ!?どーゆーことだ、ザーウィン?」
 「それはですね」
 「何だ?」
 あくまでもにっこりと微笑んだまま、彼は聞き返す。
 「お前がマヌケだから、捕まってたんだろうが。ち・が・う・か・な〜?」
 「あれは不可抗」
 「却下だ」
 きっぱり。首将は、どうやら怒ってらっしゃる様子だった。
 「今回の件は、ユナイ中将から全部報告してもらったが、一体何をどうしたら、女性陣が無理矢理結婚させられるような事態になるっていうんだ?」
 「だからそれは…」
 「セクハラだな」
 さらにきっぱり。
 「上官責任」
 「えー!?」
 「とにかく」
 不満顔のザーウィンは軽く無視して、首将は足を進めた。小猫のようにまとわりついて来るニーナの頭をぽんぽんとなで、他のメンバーの顔を見回す。
 怪我もないし、特にこれといって疲れた様子もない。だが、肝心な人が一人足りない。
 「おい、お前ら。シィクさんはどこへ行った?」
 「ん?」
 エディがたった今気付いたとでもいうように、首を振る。その傍らで、アクイラとミザールはにやにや笑っていた。
 「さぁ?」
 「中将も見当たらないようだが」
 「ふふっ」
 何故か自信たっぷりな笑顔を浮かべ、ミザールが得意げに答えた。
 「まぁいいじゃないですか。それより、ねぇ?」
 思いっきりカッコつけて、海を指差す。その勢いにつられて、コルト首将も海を見た。今丁度、大きな夕陽が沈んでいくところだ。
 「美しいと思いませんか?」
 「……はぁ?」
 明日は雨か、それとも雪か。この男が、自分と女の子以外のモノをキレイだと言うなんてあり得ない。
 「でも、この美しさには、かなわないよねぇ…」
 「???」
 さらに不可解なセリフに、首将は嫌な予感に背中を震わせつつ、振り返った。
 果たして、そこに立っていたのは…

 わずかに青く染められたシルクが、朱い夕陽に染まって白とオレンジの影を浮かべる。
 長いベールを引いた、美しい花嫁がそこにいた。
 「シィク…さん?」
 驚いて目を丸くするコルト首将の前に、ユナイ中将が手を引いて彼女をゆっくりつれて来る。
 「はい、首将。プレゼントですよ」
 「…プレゼント?」
 シィクは恥ずかしそうに顔を伏せていた。夕陽のせいで彼には見えなかったが、頬はうっすらピンクに染まっている。
 「あの…えっと」
 困ったように頭をかくコルト。仕事柄、きれいな女性に会うことは少なくない。だが、いつも見慣れている相手が突然普段と違う、それもウェディングドレスなんか着てかしこまっていると、どうしても緊張してしまう。業を煮やしてか、後ろから、カンティ補佐官がつついた。
 「何か言ってあげたらどうですか」
 「何かって、何を」
 忠実な補佐官は、固まってしまった上官の耳元にささやく。
 「あんなにシィクさんに会いたがってたじゃないですか!今更何をうろたえてるんですか」
 「あ、ああ」
 ようやく、コルト首将は納得したような顔をした。おもむろに、清楚な手袋に包まれたシィクの両手を取り、強く握り締める。
 「シィクさん」
 「は、はい」
 名前を呼ばれて、シィクは顔を上げた。
 見つめ合う瞳と瞳。静かに沈んでいく夕日。久しぶりの再会。いやでも雰囲気は盛り上がる。
 真剣な目で彼女を見つめ、彼は言った。
 「今日の晩ご飯は中華にして欲しいんだけど、いいかな?」

 ぱちーん、と高い高い音がホテルの中庭に響いた。

 「あきれた、あきれた、あきれた!」
 ドレスの裾をあられもなくたくし上げ、シィクはホテルの廊下をずんずん歩いていた。その後ろにいつものメンバーが続く。コルト首将は一番後ろで、ひりひりする頬を押さえていた。
 「ほんと、コルト首将って鈍感だよね」
 だが、そう言うニーナはなんだか楽しそうだ。
 「そうなのよね」
 シィクも表情をゆるめた。
 そういう、朴念仁なところも好きなのだ。だから、仕方ない。
 「それで、どうするの?今日の晩ご飯、作るの?」
 ユナイ中将に尋ねられて、彼女はうなずいた。
 「…ホテルの厨房借りる。中華、作る」
 本番でこれを着られるのは、一体、いつの事になるんだろう?と思いつつ、シィクはにこっと笑って見せた。
 「いっぺんやってみたかったのよねー、ウェディングドレス姿で料理」
 「へ?」
 「その前に、まずこの格好で買物よね!あ、ついでにお掃除もやっとこうかなぁ」
 びっくり顔のニーナと中将に、小さくささやく。
 「だって、コレは、本物じゃないもんね」

 中華パーティも済んで、長いバカンスも終わりを告げた。
 過程はどうあれ、任務は完了した。この船がアリストテレスに着いたら、退屈な日常に戻る。まぁ、特殊部隊なんだから、そんなものかもしれないけどね。
 彼らが出動しない方が、たぶん宇宙は平和なのだから、それで十分。
 本当の休暇はこれからだ。

終わり。

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