(少々乱暴な足音。事故少年登場。シャツの肩は破れて血がしたたり、頭には包帯グルグル巻き、ズボンも右足は膝のところ出来れてギプスでがちがち、右手も満足に使える状態ではない。が、後生大事によく冷えたコーラの缶など持っている。真ん中辺りまでずかずかやって来ると、そこへどっかり腰を下ろし、あぐらをかいていきなりくつろいでいる。)
少年 ひえーっ、やっとあいつらいなくなったか。しょーがねーなまったく…
(とコーラの栓をプシュッと勢いよく抜いて、泡を吹くのも構わず一気に飲み干して口を拭う。)
かおり あのー…
少年 えっ。(やたら驚く。)
かおり あのー…そこで、何、なさってるんですか…?
少年 あ、あんた、僕の姿が、見えるの?
(かおり、おどおどとうなずいて兄と顔を見合わせる。)
かおり あなた、誰?あたしの部屋で、何してるの?
少年 僕の名前は中尾保、9月15日生れ乙女座AB型17歳、父はそこらのサラリーマン、母は普通のおばさんで、弟一人に姉一人、じーちゃんばーちゃんは4人とも健在です。
兄 中流家庭の長男か。
少年 そうです。
兄 家は持ち家か?
少年 6年前に建てて今はローンの返済中。
兄 母親はB型の牡羊座だろう。
少年 よく分かりましたね。
兄 うちのかおりは嫁にはやらん。姑と相性が悪い。
少年 お父さん、そこをなんとか。
兄 誰が父さんだ。僕はかおりの兄だ、お兄さんだ!
少年 あんた、かおりちゃんていうの?
かおり うん。
兄 勝手に妹としゃべるな!
少年 (兄を押し退け)実は、ぼく、悪い奴らに追われてるんです。かくまってください。
かおり 追われてる?
少年 そう。話せば長い物語です。今日の朝、僕が散歩をしていたときの話なんです。うちの犬、チャッピーっていうんですが、今朝、僕はこいつを連れて散歩に出たんです。(犬を連れて散歩をするポーズ)で、ぐるっと町内を回って、横断歩道にさしかかった。僕はここで、友人に出会ったんです。こいつが小原信哉っていって、まあいい男なんですが僕ほどじゃない。まあそれはいいとして、こいつに呼び止められてそこでちょっと立ち話をしてると、その隙にチャッピーが、首輪を外して逃げちゃったんです。あいつはなかなか頭のいい犬だから。でも信号は分からない。赤信号目掛けて、一生懸命走っていくんです。僕はあわてて追い掛けた。今考えれば間抜けですよね、ぼく、チャッピーを守ろうとして飛び出して、その瞬間、目の前に来た車に、(効果音キキーッ。事故少年、ばったり倒れる。)
(兄、倒れたまま少年が起き上がってこないので、そっと近付いて覗き込む。兄が充分近付いた瞬間少年ははね起きて、したたか兄の頭に自分の頭をぶつける。少年、また倒れる。)
兄 いってーっ。
かおり 大丈夫かしら?(心配の対象は少年である。)
少年 僕、車にはねられたんですねえ。(頭に手を当てて起き上がる。その手をふっと下ろしてみると、血まみれ。)気が付くと、このざまで、どうも普通の人には僕の姿が見えないらしい。おまけに変な連中が追い掛けてくる。痛いよお。
かおり かわいそう。
少年 かわいそうでしょう。さらにその上、僕、彼女いない歴17年なんですよ。
かおり すごくかわいそう。
少年 (かっこつけて)ねえ、君、僕の彼女になってくれない?
かおり いいわ。
(事故少年、聞いた瞬間、手に持っていた空缶を取り落とす。)
少年 (やたらめったら驚いて)ほほほほっほんと?それほんと?
かおり ほんと。
(少年、じっとこぶしを握って喜びを噛みしめる…と思いきや、ズボンのポケットから紙吹雪を掴み出して振りまく。)
少年 やったぁ。じゃじゃ、じゃあさ、今度デート行こうよデート!
かおり うん。
少年 遊園地がいい?東京ディズニーランド行こうか?
かおり あそこきらぁい。
少年 それじゃ、浦安ディズニーランド。
かおり 行く。
(兄と少年、こける。)
兄 おい、かおり、何か違いがあるか?
かおり 嘘ついてるのは嫌い。
少年 なるほど。
兄 (少年の肩をたたき)しかし、どうやってかおりをあそこまで連れていく?
少年 電車かバスで。
かおり 乗ってみたい。
兄 行けると思うてか!
かおり 行けるもん!保くんが連れてってくれるもん!
少年 そこでお願いなんですが。
兄 なんだ?
少年 僕の体を探すの、手伝ってもらえませんか。
かおり 体を?
少年 どこに行ったか分からなくなったから。
兄 それは、死んでるっていうんじゃないのか。
少年 僕はまだ生きてるよ。
(その時、客席の後ろから、あの3人が登場。)
カンパ 俺はね、あっちの方が臭いと思うんだよ。
ジュリ 臭いところには行きたくありませんわ。
さだこ 臭いって、そういう意味じゃないのよ。
(しゃべりながら、だんだん前へやって来る。少年、にわかにあわてだす。)
少年 あっ、あいつらだ!あいつらが来た!
かおり あいつら?
少年 僕を追い掛けてくる奴ら!(客席とかおり、兄を交互に見ながら)みなさん、お願いです、僕逃げるから、誰が何と言おうと、こんな奴は知らないと言って下さい!頼みます、お願い!それじゃ!(逃げる。)
兄 なんだ、よくしゃべる奴だなあ。
かおり いいじゃない、面白くって。
(3人、舞台に上がってくる。)
カンパ いたぞ。
(言うなり、カンパネルラ、つかつかとかおりに歩み寄って手首を捕まえる。)
カンパ さあ、捕まえた。大人しくするんだ。
かおり 何するの。
兄 やめろ、人違いだ。
カンパ 人違いだと?おい、さだこ、説明してやってくれ。
さだこ (かおりの顔を見て)人違いだわ。
ジュリ そうですわね。その方は、女の子ですわ。
カンパ 何っ、女の子?(ポケットから写真を取り出し、眼鏡をかけて、かおりとそれをよく見比べる。)あっ。ほんとだ。これは悪いことをした。失礼、マドモアゼル。(胸に挿したバラをかおりに差し出すが、彼女は受け取らない。仕方なく、客席にサービスしてしまう。)
兄 お前ら、何しに来た。
さだこ ある人を探しにきたのよ。ねえ、あれお願い。
ジュリ かしこまりました。
(ジュリ、手元のベルを鳴らす。おつきの人が、椅子とポスターを持ってやって来る。さだこ、ジュリエットからポスターを受け取ると、広げてみせる。じつはへのへのもへじ。)
さだこ ねえ、こういう人見なかった?探してるんだけど。
(かおり、かおりの兄、2人揃って首を横に振る。)
さだこ そう、へんねえ。この辺に来たんじゃないかと思ったんだけど。本当に見なかった?
兄 見ませんでした。
さだこ そ。
(椅子に座ってくつろぐジュリエットと、ひたすらかっこつけてるカンパネルラ。)
さだこ さあ、無駄足だったみたいよ。行きましょう。
ジュリ あたくし、もう疲れましたわ。
さだこ 仕方ないわよ、見つからないんだから。さ、そこの気障男も。
カンパ 行くか。(さだこに引っ張られながらもかおりに愛想。)それじゃ、元気でな、セニョリータ。
ジュリ 失礼いたしました。
(3人、去っていく。と思ったらさだこが戻ってきて)
さだこ あ、そういえばお願いがあるのよ。マッチ売りの少女に出会ったら、ささきが、ものすごく、もーれつに、もうめっちゃくちゃに怒ってた、早く帰ってこいって言っといてね。それじゃ、ごめんなさいね。
(本格的に去る。)
<<前頁 次頁>>
Text Index Main Menu