双天の剣

第七章 故郷へ…

 辺境への道程は長い。
 濡れてぬかるんだ砂漠を通り抜けると、今度は森。そして、それがやがて山へと続いていく。人間の暮らす場所ではなくなってゆく。
 時折魔物に襲われることもあったが、それを糧にして、彼らは次第に強くなっていた。
 特に、光の槍シャイニーフェイバーを手に入れたことで、ウィーダは格段に強くなっていた。ミラノの指示がなくとも、確実に相手を捉えるその様は、普通に目が見えているかのようだ。
 「二人一度に来てみてくれないか?」
 「え?」
 交代で稽古の相手をしていたアシルとサファが、ウィーダの言葉に顔を見合わせた。
 「合図はしなくていい。いつでもいいから、同時に来てくれ」
 「そりゃちょっとマズイだろ」
 アシルは答えて、あたりを見回した。忠実な侍女は今、クザンと組み手の最中だった。あの二人は、険しい坂道を登って、その上さらに先程からずっと休憩なしで練習している。目で追えない程のスピードの拳と蹴りを叩き込みあって、根を上げる様子もない。
 …二人とも化け物だ。
 そんなモノに助けを求めた自分に小さく溜息をついて、アシルは仕方なさそうにうなずいた。
 「分かった、ウィーダがそう言うんならやってみよう」
 「え?やるのか?」
 「大丈夫だ。本人がそう言ってんだ」
 小柄な少年の真剣な顔に、サファは驚きながらも槍を逆さに構えなおした。
 篭手と槍の穂先がちょっとだけ触れ合って、かすかな金属音を鳴らす。
 「よし…いつでもいいぞ」
 ウィーダも逆向きに槍を構えた。
 アシルは鞘をかぶせたままの剣を振り上げ、静かに一歩踏み出した。
 下草を踏む音、鎧が触れあう音、二人の呼吸。
 全部、聞こえる。いくら音を殺しても無駄だ。
 嬉しかった。自分一人の力で、ここまで出来る。
 「そこだッ!」
 右、左と素早く石突を繰り出す。
 「くうッ」
 次の瞬間、剣はアシルの手から叩き落されていた。サファの突き出した槍はふわりとかわされ、ウィーダは彼の懐に入る。
 「…とんでもない人ですよ、君は」
 サファはすぐ眼前にあるシャイニーフェイバーの石突を見ながら言った。
 「見えてるとしか思えないよ。俺らよりも早く、しかも確実に動けるんですから」
 「この槍の力だ」
 ウィーダは改めて、自分の手の中にある光を見た。
 彼にミラノがいてくれたように、いつもシャウラの側について守ってきたファランキオ。だが、彼は、その人を失った。代わりに、魔剣と聖槍を残して。
 「本当に…彼には感謝の言葉もないな」
 武器をおさめると、ミラノがにっこりと近付いてきた。
 「今日の練習はこれぐらいにしましょう。食事にして、休みますよ」
 さわやかな笑顔の肩越しに、クザンが汗だくでひっくり返っているのが見えた。

 「ねえ。どうしてあの時、ちゃんと魔法が使えたんだろう」
 たき火の炎を見つめながら、リィネはつぶやいた。
 返事はない。あるはずもない、他のメンバーは眠っている。もう一人の見張り役は、用を足すために暗がりの中へ消えてしまったところだ。
 膝を抱え、彼女は顔をうずめた。
 あれから何度も練習した。少しずつ、コントロールは出来るようになってきた。だが、まだ上手くいかない。心の中で引っかかっているものは、まだ取れてない。
 「ごめんね、ホントに…」
 一度は命を落としかけた程の傷を負っても、それでも彼は彼女のわがままについて来てくれている。そう、本当にただのわがままなのに。
 その時、ガサガサと茂みがゆれて、見張りの相方が戻ってきた。ふと顔を上げたリィネは、相手の顔を見て口を開けた。
 「あれ?アンディ…なの?」
 「ごめんなさい」
 人の好い神官は、全く悪意のない丸顔をにこっとほころばせて、唇に人差し指を当てた。
 「交代しました。この事、シャウラには内緒にしておいてくださいね」
 この時間帯はランディが務めることになっていたはずだ。アンディがやるとなると、彼は次の時間帯と続いてしまう事になる。だが、見ると、ランディは黒い頭を毛布からのぞかせて、すっかり横になっていた。
 「僕がランディばっかり甘やかすから、シャウラが怒るんですよ。ですから、ね?」
 そう言って、アンディはリィネの傍らに座った。
 「は、はあ…分かりました」
 森の中は真っ暗だった。仲間たちは、たき火の灯りが届く範囲の中にめいめい横たわっている。ただ、シャウラだけはグリフォンを枕にしているのでさらに離れた場所で眠っていた。二人が入れ替わったことには気付かないだろう。
 素直にうなずいて、リィネはまた炎に視線を戻した。
 「…ホントに仲がいいんですね」
 長い沈黙の後、彼女はぽつりと言った。
 「そう見えますか?」
 「えっ?ち…違うの?」
 思わぬ答えにアンディを見ると、彼はふと真顔になった。
 「僕は」
 いつもとは少し違う、少し押し殺したような声。
 「ランディを愛してるんです」
 信じられない言葉に、沈黙が落ちる。本気なのだろうか、とリィネは彼の顔を凝視したが、炎の色で染まった頬は、もとより朱に染まって、顔色の変化など分からない。
 「あ、あの、それって…?」
 が、それはすぐ、アンディ本人の笑顔によって打ち消された。
 「な〜んてね。今、一瞬信じましたか?」
 「……はあぁ」
 リィネは大きく溜息をついた。
 「すみません。冗談のつもりだったんですけど」
 「ううん…本気でびっくりしただけ」
 胸を押えて彼を見るリィネに、アンディは困ったように笑った。
 「でも、大好きなのは確かです。あなたは?」
 「えっ?」
 緑色の瞳がじっと彼女を見つめた。
 「吐き出した方が楽なこともあります。言いたくないのなら無理には聞きませんけど、僕は、ここにいますから」
 それだけ言って、彼は再び炎の方に向き直った。
 穏やかな横顔を見ていると、次第に心が落ち着いていく。リィネはつぶやくように言った。
 「わたし…自分が嫌なの」
 どうして?
 アンディは目だけで振り返り、静かに続きをうながしてくれる。
 「魔法……やっぱり使えない。怖いの。どうしても」
 そう言って彼女は並んで眠っているタカとサファを見た。
 タカは彼女の幼馴染である。同い年で、家も隣同士で、ずっと一緒に育てられてきた、仲のよい二人。誰もが微笑ましく見守る可愛いカップルだった。
 そんなある日、二人が森のそばで遊んでいたら、突如として野生の熊が現れた。
 少年に向ってその無慈悲な爪が振り下ろされそうになった瞬間、少女は自分の中にある力に気付いた。
 水は無数の刃となり、熊に向って投げつけられた。
 だが。
 リィネの魔力は暴走した。田舎の村のことだから、きちんと彼女に魔法を教えられる者がいなかった故の事故。
 ズタズタに切り裂かれたのは熊だけではなかった。それはタカすらも巻き込んだ。紅く染まって倒れる彼の姿に、少女は悲鳴をあげた。
 「死んだと…わたしが殺したんだと思ったわ。本当に、今、彼が生きてくれているのは奇跡なの。それなのに…わたし…」
 リィネは顔を伏せる。アンディは黙ったまま、じっと次の言葉を待った。
 「どうして…サファのこと好きになっちゃったんだろ…」
 あんな目に会わせても、全く変わらずに接してくれる方が怖かった。白い目でリィネを見る村人から必死でかばってくれる姿は痛々しくて見ていられなかった。
 だからなのだろうか。自分のことを何も知らない旅の傭兵に、心を許してしまったのは。
 「タカのことが嫌いですか?」
 アンディの問いに、リィネは首を振った。
 「ううん、好きよ。でも、それじゃダメじゃない」
 揺れる炎を見つめ続けていると涙が出そうで、彼女はまぶたを閉じる。
 「好きだけど…一番なのはサファなの」
 だが、閉じたまぶたはまたすぐ開かれることになった。
 「それでいいんです」
 彼の答えにリィネは目を見開いた。
 「僕はタカとサファが喧嘩している所は見たことがありません。あなたは、どうです?」
 「え…確かに…」
 下世話な言い方をすれば、二人はリィネを挟んで三角関係にある。それなのに、いがみ合うどころか、むしろフォローしあって仲はいい。それも、彼女の前でだけ取り繕っているわけではないのだ。
 「それが彼の答えですよ。たぶん、あなたがタカに引け目を感じているのと同じように、彼もあなたに負い目を感じているんです」
 「それは、一体どういう…?」
 「男として、あなたを守りたかった。それなのに、自分が傷つくことで、あなたをさらに傷つけてしまったと思っているんじゃないですか?」
 アンディは彼女を見つめながら続けた。
 「今の彼は、サファがあなたを任せるに足りる人だと確認して、安心しているんだと思います。だから、あなたも安心してサファとイチャイチャしてればいいんですよ」
 「いっ…い、イチャイチャって…!」
 一目で見て分かるほどに、みるみるリィネの耳が赤くなっていく。アンディが笑って、自分の唇に人差し指を立てた。
 「シーッ、お静かに。みんなが起きてしまいますよ」
 「うっ…」
 膝に伏せて、上目使いに彼を見る。
 「いいじゃないですか、何も悪いことなんかしてないんですから」
 少しだけ恨みがましげな視線を受け止めて、アンディは答えた。
 「今までは、僕ら全員大した怪我もなく、上手く魔人たちに勝ってくることが出来ましたけど、次回ばかりはそうはいかないでしょう。それならばなおの事、タカを安心させてあげないとね。そうでしょう?」
 「……」
 返事は出来なかった。だが、しばらく考えて、リィネはゆっくりとうなずいた。
 「ありがとう、アンディ…」
 「いいえ、僕は何も」
 青年は、全くもっていつもの明るい表情だった。
 「手が届かなくなってからでは、遅いですから」
 そう、驚くほどに何も変わらない、ごく普通の笑顔だった。

 「なあ、シャウラ」
 一行の先頭に立ち、すたすたと歩みを進めるシャウラに並び、左右を見回しながらクザンは尋ねた。
 「この辺の木って、黒いんだな」
 「ああ」
 当然だとでも言いたげな、気のない返事。
 大陸でもどこでも良く見られる椎の木に類する広葉樹の森なのだが、なぜか樹皮も枝葉も黒っぽく濃い色に染まっていた。太陽の光が差してくる今でさえ、灰色に沈んだ風景はどこか現実感を失わせる。
 「瘴気が強いからな」
 「えっ」
 ぎょっとして、後ろを振り返るクザン。他の仲間たちは、少しきつい坂道に息をはずませながらついてきている。
 「おい、それってやばいんじゃ」
 「何年もここにいるわけではないから、我々は大丈夫だ」
 「あ、そう…」
 小さく息をついて、クザンは傍らの青年を見下ろした。彼より頭一つ分背の低いシャウラは、ただ黙々とその足を進めていく。いくら眺めていても、それ以上は何の反応もない。
 「もうすぐ着くぞ」
 だが、ふいに、そのシャウラが振り向いて言った。
 人の住む最後の村を後にしてから丸二週間。
 眼前で黒い森が途切れ、光が差し込んでいる。が、その向うには、何もなかった。木々が切れた先には重たげな雲が風に押されて渦巻いているだけの空しかない。
 「足元に気をつけろ」
 シャウラはそう言って、森の端で立ち止まった。
 「それはいいんだけどよ」
 少し怒りを込めた口調でランディが突っかかる。
 「あそこまで、どうやって降りるんだよ!?」
 「心配ない」
 全くの無表情で答えて、金髪の王子は半歩足を進めた。
 足元の大地は、そこですっぱりと切り取られていた。円を描くように山は大きくえぐられて、はるか彼方で灰色の空に溶け込んでいる。そのえぐられた大地の底に、異形の城があった。
 人間の手で石を切り出して造ったものとは根本的に違う魔人の居城は、細く尖った華奢な姿をしていた。重力を無視したかのように、土台は今にも折れてしまいそうなほど細い。
 「お兄ちゃん…危なくないの?」
 突風が吹き上げてきて、あわてたように少女がシャウラの足にしがみついた。
 「確かに、危険だ」
 その小さな肩を支えて、彼は全員を振り返る。
 「だから最後に一度だけ聞く。生きて帰れる保証などどこにもないが、みな――私について来てくれるか」
 表情は相変わらずひとつも変わってはいないが、青い瞳は一人ずつ、順に仲間たちの顔を捉えていく。何かを確認するかのように、ゆっくりと。
 「お前さ、それ何度聞いたら気が済むんだ?」
 視線が合って、アシルが苦笑した。
 「大丈夫、俺たちはみんなお前と一緒に行くぜ。最初っから、そのつもりの連中ばっかだろ?」
 一斉にみんながうなずく。
 理由はさまざまだが、それぞれの理由と目的がある。退く者はいなかった。
 「シャウラ」
 ウィーダが手を差し伸べた。
 「君こそ、いいのか?」
 「私?」
 「魔物とはいえ、あそこには友人と呼べる相手がいるのではないのか?ファランキオのように」
 かすかにだが、シャウラの目が細くなった。微妙な気配の変化に気付いているのかどうかは定かではないが、ウィーダはゆっくりと言葉を続けた。
 「それに、例え本当の父を殺した相手でも、それでも育ててくれたのは…」
 「ああ、父上だ」
 静かな声だった。
 「私は本当の父を全く知らない。だから、その仇を取ることに意味を見出すことは出来ない」
 それはどうしようもない事実。記憶の封印が解けてからも、あまりに幼い頃に別れたせいか、顔も声も何ひとつ思い出す事は出来なかった。
 「ただ、母上がいつも父上のせいで泣いていたことはよく覚えている」
 いつも浮かない顔で、シャウラの顔を見ると泣いた。そして、ウェグラーを見ても泣いた。愛する者を奪われ、魔城に閉じ込められ、その手で息子を守る事すら出来なくなってしまったのだ。
 ほどなくしてライラは城の窓からその身を投げてしまう事になる。
 「そして、私は人間であることを捨てさせられた」
 ずっと変わらない、淡々とした調子でシャウラは言う。
 「だが、こうして魔人であることも捨てた今、私は…一体何なのだ?」
 投げかけられた疑問に、答える声はなかった。
 魔人らしく。人間らしく。
 どっちも上手くいかなくて、彼の中で空回りするばかりなのだ。
 「そんなの…どっちだっていいじゃないか」
 やがて、そんな声があがった。
 予想できた答えだし、一番欲しかった言葉でもあった。
 大した意味はないくせに、妙に心地よい。
 シャウラは満足して、ふと笑みを浮かべた。
 「そうだな」
 ふっ切れたというにはまだ固い表情だったが、それでも彼は確かに笑っていた。
 「つまらぬ事で時間を取った。そろそろ行こうか」
 崖っぷちに立って両手を広げる。風が吹き抜けて、長い金の髪を揺らす。
 「我が故郷よ。私は戻った」
 凛とした声は、懐かしく忌むべき魔城へと届いた。甲高い音と共に、吹き付けてくる風の色が変わった。
 無色から空の青い色へ、それから薄い紫へ。風はシャウラの足元でリボンのような形となり、優しく包み込む。
 「みなを運んでくれ。彼らは我が友…我が、かけがえのない友人たちだ」
 私は、それを確かめるために、あそこへ帰る。
 御意、と風が答えたような気がした。
 そして、次の瞬間、彼らは風に包み込まれていた。

 ほんの一時目を閉じて、そしてまた目を開くと、彼らはさっきとは全く別の場所に立っていた。見上げると、黒光りする石で作られた尖塔がはるかな高みまでそびえている。
 「お帰りなさいませ」
 そして、目の前にずらりと居並ぶのは、魔物たち。
 獣人、魔獣、不死者に妖魔。数多くの、人でないモノが城の前にたむろして、彼らを待ち受けていた。
 「シャウラ様、よくぞお戻りくださいました」
 「お前たち」
 シャウラは目を細めた。
 「私が何をしに戻ってきたのか知らぬわけではあるまい。邪魔をするな、怪我だけではすまなくなるぞ」
 「分かっております」
 口々に彼らは言う。魔物たちの手や、手に類するものがそれぞれ動いて、シャウラたちに入口を示した。
 「どうぞ、中へ」
 「ちょっと待て」
 あまりに神妙なその様子に黙っていられなくなったのか、ウィーダが口を開いた。
 「お前たちはウェグラーの部下なのだろう?何故、大人しく私たちを中へ入れようとするのだ?」
 「罠じゃねぇのか?」
 刀の柄に手をかけながらランディが言う。
 「オレたちが油断したところを後ろからバッサリやるつもりだろう」
 「そんなことは決して致しません」
 代表格らしい、年老いた姿のマンティコアが答えた。
 「人間であろうと魔物であろうと関係なく、我々は、お仕えしたい方にお仕えするだけ。そして、ここにいるのは」
 少し悲しげに顔を伏せ、老魔獣は仲間たちを見回した。
 「少し粗相をしただけで部下を殺すような、その様なお方に仕えるような者はおりません」
 「何だと…?」
 「ウェグラー様は変わってしまわれた」
 誰かが答える。それは、ファランキオと同じ台詞。
 「我々とて、自分の命は惜しいのです。それでも、破壊と殺戮をよしとする者はそれでもお側におりますが」
 「炎王様にお聞きしております。あの方を倒せるのは、シャウラ様と、そちらにおられる盲目の王子様だけだと」
 「シャウラ様」
 小さな妖精が、彼の肩に止まってささやいた。
 「どうか、将軍を止めてください」
 彼らの表情は、人間となんら変わりなかった。魔人将軍の息子に襲われ、不安に怯えていた人間たちと同じ目の色だ。
 シャウラが振り向くと、ミラノがうなずいた。
 「彼らからは、嘘偽りの気配は感じられません、シャウラ様」
 「…分かった」
 小さく、だがしっかりとうなずいて、彼は足を進めた。
 「行くぞ」
 その声に、仲間たちが続く。
 穏やかな魔物たちに見送られ、魔城の入口へと入っていく人間の一団。その光景はなにやらちぐはぐで、異様な雰囲気をかもしだしていた。
 だが、引き返すことも、迷っている暇もない。
 「まだ中には公子様を返り討ちにしようと思っている輩もおります」
 「どうか、お気をつけて」
 「ああ」
 振り返らずに返事をして、彼らは進む。
 その背中を見送り、魔物たちは言った。
 「大きくおなりだな…」

 気が遠くなる程高く高く階段を踏みしめて登っていく。
 魔法による処理が施されているため、見た目の分だけ登らなければならない訳ではないが、それでも城の最上部ははるか遠かった。そして、その登る行程に、また邪魔が入る。
 敵わないと分かっていても、シャウラたちに襲いかかってくる魔物たち。怒りも恨みも嫉妬も全部切り捨てて、やがて、一つの扉の前にたどり着いた。
 開け放つと、明らかに今までとは違うニオイが鼻についた。
 見る者を凍りつかせる圧倒的なまでの威圧感と、それを取り巻く禍々しいまでの瘴気。血の匂いをまとわせて、悪魔はそこにいた。
 「シャウラか」
 まぶたを閉じたまま、その人影は問うた。
 黒い髪、そこからゆるやかな螺旋を描いて天を刺す二本の黒い角、背中にはドラゴンと同じ形の黒い革の翼が広がり、頑強そうな体躯を飾る。
 シャウラの後ろで、誰かが息を飲んだ。
 体の大きさ自体はクザンより一回り大きいだけなのに、その存在感は絶対的だった。
 これが、この地上の魔物を統括する魔人将軍の一人、ウェグラー。
 「父上」
 静かに答えて、シャウラは剣を抜いた。
 「あなたを――倒しに戻りました」


続く

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オマケ!?